第60話

文字数 1,154文字

 チャイムが鳴り、少女達は昼食の準備を始める。
「みーちゃん!」
 背後から飛びつかれ、クラスの中で一番ちいさい少女、美鈴が小さく悲鳴を上げた。
「もぅ、本当にかわいぃなぁ」
 抱きついたゆかは猫なで声で黒い髪に頬擦りして、口付けをする。その彼女の後頭部に分厚いファイルが直撃して、うめき声を上げてうずくまった。
「まったく……」
「いつも通りでいいんじゃないのかな?」
 頭痛を抑えるようにコメカミを指でもんだ薫と、真新しい制服が似合っていないシャルロットが苦笑を漏らす。
 美鈴の机を囲むように座った少女達は、楽しそうに昼食を始めた。
「そういえば、あなた帰らなくてよかったの?」
 尋ねられると、幸せそうに葉月が作ってくれた弁当を食べていたシャルロットが、微笑みを浮かべならが小首をかしげた。
「うーん。だって、もうあっちにはぼくの居場所はないんだもん。こっちでミレイのところに居たほうが、ぼくはしあわせだなぁ」
 ぱくりとから揚げをほお張り、にこにこと笑みを浮かべた。それを見てはぁとため息を漏らす薫。しかし本来の世界で味わってきたことを考えれば、それもまた当然かと納得した。
「いいじゃん。しゃーちゃんも可愛いし。将来はあたしのお嫁さんになってくれるんだよね?」
 さも当たり前だと顔で言う少女に、また肩を落とす。
「あなたには、この国の法律と道徳の勉強が必要なようね……」
 呆れてつぶやくが、耳に入っていないようだ。だらしない顔でふたりの少女の頭をなでる。
「大丈夫だよぉ。二人にはおねえさんが毎日おいしいご飯を食べさせてあげるからねぇ」
 その言葉に片方のシャルロットは目を輝かせたが、美鈴は赤面して俯いてしまう。
「だから、なに両手に花抱えてるのよ」
 ばしんと音を立てて頭を叩いた。苦悶の声を漏らして頭を抑えた少女を見て、赤面していた顔を違う意味でまた紅く染め鈴を転がすように笑みを漏らした。
 宗孝はまだ帰って来ない。
 ゆかは毎週欠かさず母の居る地方の病院に通っている。少しだけ悲し気にだが、嬉しそうに母の様子を語る姿が増えた。
 薫はその頭脳をフル活用して資金を稼いで、世界中の戦争孤児を救うための運用を始めた。
 戦いから遠ざかったシャルロットは、毎日本当に幸せそうに過ごしている。勉強が全く追いつけていないので、毎日美鈴と葉月によってスパルタ教育を施されているが、それもまた嬉しそうだ。
 世界は一回終わりかけてしまった。その事実を世界中の人々が共有している。
 まれに美鈴の家の前に見知らぬ人が数名居る事があるが、それは大岡によって跳ね返されていた。彼は今代行として、祖父の帰りを待っている。
 信じられない事が信じられないほどたくさん起きたが、世界は少しだけ、良い方向に動いたかもしれないと、美鈴は自分の周りの友人を見て思った。
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