第40話

文字数 1,637文字

 内緒にしてねと付け加える。しかしゆかはぶつぶつつぶやいているので聞いていない。
「じゃあ、シャーちゃんだね。恋人はいる?」
 質問の趣旨が理解できないにしても、ヴィエダー改め、シャルロットは頬を赤くした。
「い、いないけど、どうして?」
「アタシがちょっかい出しても、誰も文句がないでしょう?」
 言葉の意味が分からないシャルロットは首をかしげる。
 その横で思いっきり眉間にしわを寄せた薫がゆかを睨む。
「浮気するのね」
 ぎくりと固まった。美鈴も意味がわかっていないらしくきょとんとしている。ひとり葉月だけがくすくすと忍び笑いを浮かべているのに、誰も気付かなかった。
「ち、ちがうちがう! これはそれであれは、えっとさ」
 しどろもどろになるのを尻目に、薫は説明の続きを求めた。
「えっと、じゃあ、強化の話もするね」
 その瞬間、まだ顔を赤くしていたシャルロットがぱっと光り、紺色の長衣をまとった。
「魔法使いは、アルマニア式の魔法使いは魔法を使うために名前と、服を着ます」
 そういってローブの裾を掴んで軽く持ち上げる。その下も変わっているらしく、白い肌着らしい前合わせの服がちらりと見えた。
「この服は魔装具って云って、世界と魔法使いを分断するためのものです。世界と魔法使いの間に堤を作って魔力の流れを増したり、量を調節しやすくします。これが無いと、アッガレッシオン並みの魔力を操作する技量と出力がないと、火をつけるとかそういう簡単なことしかできません」
 そして美鈴を見た。先ほど出したナイフを軽く振ってみせる。顕現という最も難しい魔法を、美鈴は魔装具も名前の強化も無い状態でやって見せた。彼女の能力の高さは、既存の魔法使いの常識からは考えられないほどに逸脱している。
「でも私からすれば、ユカもカオルも、修行したわけでもないのにあれだけの魔装具を出して、帝国の将軍相手に引けを取らずに戦って見せた。その時点でミレイほどじゃないにしても、とても信じられないことだよ」
 苦笑を漏らすシャルロットは、その魔力の高さに畏怖を覚えていた。元居た世界で彼女達が居れば、戦局は大きく変わっていただろう。シャルロットのレジスタンスは、三割ほども魔法がほぼ使えない平民が混じり、使えるものも精々小さな火をおこす程度。強力な魔法を使えたのはたった三人だけで、その三人もアッガレッシオンの一振りで散った。そのことを思うと、シャルロットはどうしても悔しさで胸がつぶされそうになる。
 魔法の中でも一番難しいのは、無いモノををあったことにする魔法である。美鈴の顕現などだ。
 薫は高射砲を顕現させているせいで、他の魔法を使うことはできない。だが情報収集と処理、魔力探査のかく乱。さらには美鈴の出したものを本来の力を発揮させて発射するなど、普通の魔法使いならば何十人がかりでもできない事を、こなす装置を顕現させている。その時点で常軌を逸した能力の高さだ。
 まして魔力探査のかく乱なんていうものはシャルロットも初めて聞いたくらいで、それらを一挙にやってのけ、まして神の道具を本来の力を引き出して使う魔法機械なんてまさしく、機械仕掛けの神と呼ぶほかない。神の道具は、神以外が使えないからこそ、神の道具なのだ。
 美鈴の顕現は、言うに及ばない。神の道具を顕現させることは、神以外にできるはずが無い。神の道具なのだから当然だ。それを美鈴はいとも簡単にやってのける。その実力はもはやアッガレッシオンをはじめとした帝国最高位の魔法使いですら足元にもおよばない。あと五年も魔法使いとしての経験を積めば、いかなる魔法使いの存在すらも踏み超えた次元に到達できるだろう。それこそ、帝国の現女帝のように。
 こんな極辺境の、魔法とは限りなく縁遠い世界でなぜこれほどの才能を持っている者がいるのか、シャルロットには想像もできない。
 しかし、戦闘というものは単純な才能で生き残れるほど簡単ではない。無数の策略とイレギュラーによってその生存率は大きく変わる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み