第47話

文字数 2,169文字

 光に肉薄した速度で飛来した矢は、アッガレッシオンの驚異的な動体視力をもってしても捕らえることはできなかった。新しく作り直した体の中心を射抜く寸前で、予め薔薇侯爵が展開していた結界が防いだ。激しい閃光が上がり、防いだにもかかわらずアッガレッシオンの胸鎧が溶解している。
「伊達や酔狂で、その名を胸に抱いたわけではなさそうですね」
 薔薇侯爵は戦慄を隠せない顔でつぶやく。
「将軍殿、全軍を投入してみては? いかに秀でた能力を持とうと、所詮は少数」
 薔薇侯爵が進言すると、全身の殆どを魔法機械に置き換えたアッガレッシオンが前に出る。
『全軍、進撃。総火力を以て焼き払え』
 アッガレッシオンはすでに口を使って喋る能力を失っていた。念波を使って一万以上の、帝国奪還軍に指揮を出す。
 全兵が前に踏み出した。


 敵の情報を見た薫はふんと鼻を鳴らして、ちらりと美鈴を見る。
「美鈴、とてつもなく切れ味がいい剣と、ものすごく頑丈な槍ってあるかしら?」
 尋ねられると同時に、美鈴は検索を開始していた。要望(ヒット)のものは複数ある。神話や伝記の中にはその手の武具が殆どを占める。英雄や神の使う武具というのは前提として壊れず、何ものにもくじけないのだ。
「いっぱいあるよ」
 魔力を温存する関係上、全部というわけには行かない。その中でもどれを出せばいいのか、指揮官である薫に指示を仰ぐ。
「英雄記とか、そういう方が魔力の消費が少ないでしょう? その中から適当に見繕って」
 頷いて二つの武器を顕現化させた。
 それを見て、高射砲に後付けした受話器を掴んだ。
「ゆか。見える? この武器を持って、敵陣を分断してちょうだい」
『分かった』
 その瞬間突風が吹き荒れ、ゆかが美鈴の隣に立っていた。
「もう誰も傷つけさせないから、ね」
 面貌の下でゆかが微笑んだのが、美鈴にも分かった。甲冑の篭手が細心の注意を払いながら美鈴の髪をなでる。それでも直美鈴は眉をハの字にさせて、頭三つ分高いところにあるゆかの顔を見た。
 もう一撫でして、ゆかは新しい武器を両手に持つ。
「じゃ、行ってくるね」
 轟音を残して、ゆかの姿が消える。彼女の魔法は自分の周囲の物理法則を操ることに特化している。魔装具と合わせて使えば、初速で音を超える。そのため爆音と共に立つのが辛いほどの強風を巻き起こした。
 グランドの外に待機していた帝国軍の歩兵たちが次々と戦陣を切っている。分厚いコンクリートの壁を集団魔法を使って破壊しなだれ込んでいた。
「弾種は、矢がいいわ。昔歴史映画で見たのだけれど、脚を使って引く大きな弓があったと思うのだけれど。それの矢を大量に出せる?」
 ライブラリから検索。即座に出た回答を元に、美鈴は頷いて美鈴の体ほどもあるコンテナを数十個顕現させた。薫は一瞬首を捻ろうとしたが、すぐにああと頷いた。
「ありがとう」
 高射砲の三本ある装填装置(アーム)が、顕現されたコンテナを掴んで装填口の上に取り付け、砲は敵を直接狙わずに空を狙い圧縮した魔力を薬室で燃焼させ、矢を射た。
 美鈴が顕現させたコンテナは矢を大量に納めた、いわば弾倉になっている。ひとつに百本ほども矢が収められたそれにより、薫の砲は一秒間に五発のペースで矢を発射する。射出された矢は一度空へ向かい、鏃と羽の関係から降下を始める。放物線を描いて雨のように進入してくる歩兵たちに降り注ぎ、突き刺さっていく。若干の魔力を帯びた矢は一本目を防げたとしても、二本目は結界を貫通して歩兵を貫く。
 驚異的な雨に動きを止めた敵は、五人ずつ固まりを作って集団魔法の結界を作り守りに徹した。
 その様子を資料で見た薫はにっと笑みを浮かべ、無線機を掴む。
「ゆか。入り口で立ち往生している暗愚の群の上を通過して」
『分かった』
 刹那、校舎の囲いもろとも地面が裂け、そこにいたものを砕いた。
 移動中のゆかは音の四倍の速さである。その彼女が少し剣を突き出して切っ先のごく一部だけ結界を弱めれば、全長数キロにも及ぶ衝撃波(ソニックブーム)の刃が飛び出す。今の彼女は目に見ることすらできない速度で飛ぶギロチンの刃だ。
 ゆかの剣に裂かれた大地は、その高温で真っ赤に焼け爛れていた。いかに集団魔法で強固な防御を施したとしても、アッガレッシオンですら吹き飛ばされる攻撃を、なんの特徴も無い兵卒が防げるはずがない。ことごとく破砕されていく歩兵たちは徐々に戦意をそがれて、でたらめに矢を射ていた。魔力を帯びてはいるものの、殆どが城壁に当たるが虚空を射るだけに終わっていた。
「すごい……」
 軍団を相手にたった四人で渡り合っている。現状ではむしろ優勢である事実に、シャルロットは自分が夢を見ているのではないかと疑った。
「こんな程度、ゆか一人でも全滅させられ……」
 新たに更新された資料に目を落とした薫は、初めて顔色を変えた。
「美鈴!」
 叫ぶ声と、衝撃が重なった。目に見る衝撃の波と共に、金色に輝く魔力の残滓が周囲に四散する。
 美鈴の無意識が召還した無数の盾がなければ、その衝撃の根源を食らっていただろう。
「な、なに?」
 防いだ本人は状況を理解していなかったが、薫は奥歯を食いしばり被害状況の把握をはじめていた。
「あ、アッガレッシオンが【聖剣】を抜いたんだ……」
 シャルロットが震える指で、盾が消えて見えるようになった景色を指さす。
「うそ……」
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