第57話

文字数 2,205文字

 なんとか自分の足で立つ宗孝は、火傷を追った皮膚を治しながら、女王を見据える。
 一方聡明な笑みを浮かべた女王は、身につける豪奢なドレスに使われたレースに解れひとつ見あたらない。すこし暑いわと言わんばかりに優雅に扇を仰いでいた。
 硬直。女王は扇を仰ぎながら、二人の動きを見る。
「それでは、お祖父様とお姉様。わたくしもそとそろ勘を取り戻してきたので、全力で行こうと思いますの。準備はよろしくて?」
 にっこりと美鈴とよく似た顔で、微笑を浮かべた女王。
「へ、調子に乗るンじゃねぇや、小娘。辺境式の魔法を腹いっぱいまでくわせてやらぁな」
 それを宗孝が笑いとばし、防御結界を再構成し生命の結界という自己を世界と隔絶し保存する、先ほど美鈴の攻撃を防いだ女王の技をさらに強化した魔法を展開させる。
 美鈴は顔を引き締め、魔装具の形を変えず、神話上の不滅の鎧に変化させ、それをシャルロットにも装備させた。
 もはや出し惜しみもせず最高の守りで、自身を保護する。それを見て、女王は笑う。
「その程度で、このわたくしの攻撃を防げるとお思いで?」
 くすくすと上品な笑みを浮かべた女王の手元に、古びた本が顕現する。先ほどの『存在証明原本』によく似たその本は、しかし開きといわず、書かれたものすべてが左右反転していた。
「ふふ。それではご堪能くださいまし。『反存在証明原本より、原初の宇宙』」
 本が開かれ、最初のページ。光玉が六つ飛び出し、遊覧するように部屋に散った。そして、光玉が割れた。







      空白






 何もない、ただの虚無。
 ゆっくりゆっくりと近づく、轟音と熱。
 緩慢に訪れた超高熱に、美鈴は自身の肩を抱いてもだえた。
 女王が出した光玉。その正体は、反物質。この世界に存在するすべての物質とまったく同じだが、鏡写しになった存在。原初の宇宙には存在したが、完全なる反対物質であるために、正物質と接触すると対消滅を起こして消えてなくなってしまう。その消滅のさいに、莫大なエネルギーを放出する。本来なら顕現の瞬間に反応してしまうが、それを防ぐために無が詰まったカプセルに件の物質を入れておいたのだ。たったひと粒、反原子核ひとつだけでも核爆弾の数億倍のエネルギー量を持つそれが、同時に六つ。一瞬にして街ひとつといわず、地図が変わるほどの爆発。
 足場もなにもなくなり、空中に浮いていた。美鈴の足元には、自動的に顕現された中に浮く炎の車輪があった。爆発の間際にシャルロットを抱き、周囲に神話に登場するすべての防壁や盾を顕現させたが、その殆どが見る影もない。
 何度も咳き込みながら、見えるようになってきた世界を見渡す。
 見える範囲に何も無くなった荒野。反物質が顕現して世界に触れたあたりが”歪んで”いた。
「さすがに、六つはやりすぎましたわ」
 優雅に扇で口元を覆いながら女王がつぶやく。けふけふとちいさく可愛らしいせきをしていた。
「癇癪で、なにやらかしてんだ!」
 その女王に向け、宗孝が全長五十メートルの刀を振るう。
「あら、お祖父様だって、はた迷惑なものをお持ちではないですか」
 嫣然と笑みを浮かべて、宗孝の剣撃を扇で受ける。そのぶつかり合う境界が、掃除機で砂を吸い込むように扇の構成物質を刀が吸い込んでいる。いや、扇といわず周囲のものすべてを吸い込んでいた。そのせいで向こう側が凹レンズを通したかのように歪んでいく。
 女王のドレスの裾が僅かに持ち上がり、装飾がついた髪の毛が揺らぐ。
 宗孝は腕に強化の魔法を施して押し込む。力の差で女王が押し負けるが、余裕の笑みは絶やさない。
 万物を飲み込む黒刀が、女王の髪飾りをじりじりと飲み込みながら肉薄する。
 そしてついに切っ先が女王に振れた。
「あ、ぐ」
 女王の顔がゆがみ、切っ先が振れた部分を中心にして粉砕機に投げ込まれたかのように、不自然に折れ曲がり刀身に吸い込まれていく。
 女王の上半身が飲み込まれた。助かるはずが無い、普通ならば勝利を確信してもおかしくないはずの状況ですら、宗孝の顔は厳しく、さらに追撃を加えるべく周囲に鬼火が五つ発生する。そして鬼火より深紅の火炎が吹き出される。
 強烈な火力で、瞬く間に炭化して砕け散った。しかしそれでも宗孝は油断しない。周囲に探査の結界を張り巡らせる。
「お祖父様」
 降って沸いた女王の声。振り向きざまに鬼火の炎を打ち出すが、遅かった。超高温の光線が、宗孝を撃ち抜く。なんとか身をよじって避けられたが、肩に受けそこから先が沸騰してちぎれ飛ぶ。
「ぬ、う……」
「おじいちゃん!」
 一瞬で焼けただれた為に、出血はしない。苦悶に顔をゆがめながらも、紫蒼の火炎が周囲をなめ回し焼き尽くす。
 土すらも焼き尽くす業火の中でも、女王は豪奢な扇で仰ぎながら悠然と笑う。
「お姉さまも、そんな所で呆けていないで、一緒に踊りましょう」
 もう一度強烈な核の閃光が瞬き、凝縮して光玉が六つ生まれる。そして光線が射出される。いや、撃ち出されていた。光とほぼ同じ速度を持つそれは、気付いたときにはすでに当たっている。美鈴の盾がそれをはじき、宗孝は結界で防ぐ。
「いいよ」
 美鈴の帽子についた羽が揺れる。その刹那、魔力を反発させて飛ぶ。それに連れられたシャルロットも、目を白黒させていた。
「逃げますの?」
 小首を傾げる女王。宗孝もそれに便乗して彼我をあけた。
 その刹那。光の柱が、女王を中心にして立ち上がった。
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