第20話

文字数 1,338文字

 ゆかと薫が美鈴の家で始めて迎えた朝。
 部活動の早朝練習の癖で、一番最初に起きたのはゆかだった。それからわずかに遅れて薫が目を覚ました。美鈴は、体を小さく丸めてぐっすりと眠っている。まだ当分起きる気配はない。
「起きる時間、いつも変わらないわね」
 少し感心した薫は、うんと唸って体を伸ばす。横目で見たゆかは、念入りに柔軟体操をしていた。もはや習慣なのだろう。
「まぁねぇ……」
 ぐいぐいと縮んだ筋を伸ばすように体を動かす彼女は、まだ頭は起きていなさそうだ。
 時刻はまだ五時を少し回った程度だが、すでに家のあちらこちらで物音がして、どこからか朝食を作る匂いがした。
「うわぁ、ここの人も起きるの早いんだ……」
 柔軟体操が終わったゆかは、ちゃんと目が覚めたようだ。しゃんと背筋を伸ばして美鈴の勉強机の椅子に座り、寝癖で悪化している収まりの悪い髪を整えようと試みる。しかし苦闘の末にあきらめて肩を落とす。
「顔、洗いに行こう」
 薫が提案しながら、長い髪の毛をゴムで束ねた。彼女も寝起きの髪の毛とは、それほど友好的な関係を築けているとは言い難そうだ。
「そだね」
 洗面用具をカバンから出して、二人は部屋を出る。
 廊下に出ると、丁度使用人が階段を上ってくるところだった。
「おはようございます」
 ゆかが声をかけると、にこりと笑みを浮かべた。
「おはようございます、綿貫さんと天沢さん。ずいぶんとお早いんですね」
 まだ十代に見えるその使用人は、たしか葉月といったはずだ。それから手に持っていた物で察しがついたらしく、手を叩いた。
「洗面台でしたら、こちらに」
 そういって脱衣所に案内された。そこには確かにちゃんとした洗面台があった。それも四つ。昨晩は美鈴に気を取られすぎて、二人は気づかなかったのだ。
 そこで並んで顔を洗っていると、右頬に手を当てた葉月がため息を吐いた。
「どうかしたんですか?」
 ゆかがハンドタオルを葉月から受け取りながら尋ねると、困った顔の彼女が言うかどうかを迷い、結局答えた。
「昨日の夜、もう今日ですね。美鈴お嬢さまがおひとりで外出なされていたみたいなんですよ」
 えっと顔を洗っていた薫も顔を上げて、葉月を見た。
「わたくしも、偶然喉が渇いて目が覚めて気がついたのですが……。なにか酷く疲れたようでした。なにかお心当たりはありませんか?」
 好奇心ではなく心の底から心配した顔で尋ねられて、ゆかと薫は押し黙る。自分達の隣で眠っていたはずの美鈴が、夜中に抜け出したていことに驚き、まったく気がつかなかった自分達を恥じる。
「すみません……、全然気づかなかったです……」
 悔しさに顔をゆがめたゆかがわびると、はっとなった葉月が両手を振って弁明した。
「ち、違うんです。そういうことじゃなくてですね、えっと、ほら……」
 そして視線をはずした葉月は、少しだけ悲しそうな悔し気な顔をして向き直った。
「わたくしよりも、お二人の方が美鈴お嬢様のお力になれると、思うんですよ。だから、その……」
 言葉を慎重に選ぶように顔をしかめた葉月は、最後に自分の限界を悟ったような顔で笑う。
「差出がましいですが。どうか、お嬢様のお友達でいてあげてください……」
 深々と下げられた頭。二人はそれを見て、昨日のことと重なる。
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