第53話

文字数 1,008文字

 世界を揺らすように、轟いた。
 それを最後に、戦場から音が消えた。
 軍勢は消え、その亡骸だけが、辺りに広がっていた。
「……お見事」
「ありがとう」
 アッガレッシオンが膝をついた。
 最後の一手。美鈴が出してくれた黄昏の輩の最後の一人を、砲弾として撃ち出した。
 すでに目の前にいた彼の剣が、わずかでも早ければ、死んだのは薫で勝ったのはアッガレッシオンであった。そんな極僅差だった。
 最後の一手。薫の魔力はそれで底をついた。砲台もコンピュータも消えていた。
 撃ち出された砲弾は、アッガレッシオンの聖剣を粉砕し、彼の最後の防壁を砕き、体の中心に風穴を開けた。
 もはや両者共に魔力はなく、敵を打つ力もない。
 まさに世界の終焉を何度となく繰り返すような戦いだった。
 生まれて初めて、出し切った全力。互いにすべてを出し切った。戦術も、力も、何もかもを出し切った。
「全軍団長。貴殿の勝利だ」
「ええ。貴方の負けよ」
 感嘆の声を漏らす両者には、真逆の感情が込められていた。
「嗚呼、敗北、とは、こういうものか……」
「勝利っていうのは、こういうものなのね」
 万年の戦争を勝利のみで飾って来たアッガレッシオンには、敗北という解放。
 神をも使役する主の下で戦い続けた、ただ虫を潰し続けるような作業。それは戦いではなかった。
 淡々と行われて来た戦争(さぎょう)。その最後で訪れた、持てる力、知識、技術、何もかも、すべてを出し切った”戦い”。これこそが胸に刻んだ誓いの言葉だった。
「実に、愉しかった。これこそが、闘いだ。闘争とは、こういうモノだったのだ……」
 知略も技も、単純な膂力も、すべてを賭して戦った。神に、圧倒的理不尽に挑み、剣を取り立ち上がった悠久の彼方出来事を思い出した。
 もはや体を維持する事も出来ず、アッガレッシオンの体は崩れ始めている。
 一万年の歴史が、ここで幕を閉じようとしていた。
「閣下。貴方以上の敵は、もはや現れないでしょう」
「ふはは。だろう。我ほどの強者なぞ、どの世界でも貴殿のほかいまい……」
 確かな歓喜を、忘れていた悦楽を思い出して逝く者を、悦楽を与えてくれる存在が、もうどの世界にもいないと確信した彼女が見送る。
「すべての勝者に、栄光を」
「すべての敗者に、祝福を」
 崩れ落ち、アッガレッシオンだったものが、消えた。
 相反するアッガレッシオンと薫は、相反するがゆえに同じ祈りを上げていた。戦場だった場所に立っている者はいなくなった。
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