第33話

文字数 2,913文字

 薫はそのやり取りを見たが美鈴の時のように止めはしなかった。近くのベンチに座り、三人にも勧めた。
「じゃあ、説明してもらえる?」
 口調とは裏腹、その雰囲気は完全に強制するようだった。ぐったりとゆかの腕に抱かれて座ったヴィエダーは顔を引き締めて、言葉を選んだ。
「はい」
 ヴィエダーが頷くと、美鈴は顔をすくと立ち上がった。
「どうかしたの?」
 ゆかが怪訝な顔で尋ねると、美鈴は緊張で青ざめた顔でまっすぐに公園の中央にある噴水の方を睨んでいた。
「ごめん。説明は、後にしてもらえるかな……」
 微かに声を震わせ、ゆかも三人は彼女の目線の先を見た。
 刹那、空気が震えた。衝撃が四人の体を打った。
「な、なに!?」
 咄嗟に腕で顔を覆ったゆかは、目を細く開けると、何かに塞がれていた。
「え?」
 右手をまっすぐにかざした美鈴。その手の先には、巨大な壁。両肩で息をした美鈴とその壁を交互に見た二人と、状況を把握できたヴィエダーは血相を変えて立ち上がった。
「まさか、なんで!?」
 かすれた声でつぶやくヴィエダー。美鈴が壁を消すと、それがあった。
 遠目にでも分かる巨大な体。要塞と見まごうほどの存在感を伴ったその騎士は、全身を鋼の甲冑で覆い、金と銀の糸で豪奢な刺繍が施された緋色のマントを羽織っていた。身丈は、およそ3メートル前後。それほど巨大な騎士が振る剣もまた巨大で、異形さをたたえている。なぜなら、刀身が隙間を空けて五つも重ねられている己の身丈よりも長大な剣なのだ。
「我が初撃を防ぐとは、見事」
 地響きのような声と威厳に、美鈴以外の三人は思わず竦みあがり冷や汗を流す。
 その中で美鈴だけが静かに、真夜中の海のように黙して、周囲をゆっくり見回す。
「……あなたも、悪い人なんだね」
 美鈴が見た光景は、地獄なんて生易しいものではなかった。
 そこには、何十人という人間をミキサーにぶち込んだような惨状。
 濃密な血臭がこもり、まだ暖かい肉片から湯気が昇っている。
 それを見た二人は、認知能力のキャパシティーを超えて固まるしかない。ヴィエダーは顔をしかめて視線を逸らした。小刻みに震えながら、小さな手の色が変わるほど強く握っていた。
「むう? 何を言っているのだ?」
 美鈴の言葉の意味が分からないといった様子の巨人に、美鈴は静か過ぎる目を向けた。わずかに巨人の目の色が変わった。
「ふ、ふは! よい目だ! 名乗り遅れた。我は神聖アルマニア帝国奪還軍軍長、アッガレッシオン・ウンド・エロベルング・ヘッレシャフト・ドゥーチ・ダス・シュヴェード=剣元帥。三桂評議会が第三席。女法王陛下の命により、汝が首の奪還に参った」
 巨人、アッガレッシオンは五つの刀身を重ねた剣を掲げて敬礼して見せた。
「いざ、尋常に勝負! 極辺境の魔女よ!」
 巨躯が跳んだ。100メートル以上も離れていたはずのアッガレッシオンが、一瞬で目の前に居た。
 視線を動かしすらしなかった美鈴。巨大な剣を大きく振り上げたアッガレッシオンの影が、四人を飲み込んでいた。
「あなたの目的は、それだけなの?」
 ガラスのベルのような声で、むしろ小さな声なのに、アッガレッシオンの耳にその声は確かに届いた。
「ぬっ!」
 衝撃。
 惨状を作ったアッガレッシオンの初撃を遥かに凌駕したそれが、彼の体を噴水まで吹き飛ばしそれを完全に破壊した。
 目を剥いた三人と、ゆるぎない自信をもっていた大軍団の長。誰もが現実を理解できていなかった。
 ただひとり美鈴だけは、表情ひとつかえずそこに立っていた。
 その手には金色に輝く、一振りの剣。世界を焼き尽くすといわれる黄昏の剣が握られていた。
「な、にが!?」
 そんな世界を破壊するべく鍛えられた剣で切られれば、さしもの軍団長とて無事ではない。血の塊を吐き出して激しく咳き込む。鎧が淡く光り傷ついた体を癒そうとするが、その鎧とて大きく裂かれ、その下の分厚い胸板も切り裂いている。白い胸骨が折れて突き出していた。
「神の遺物か……。それも、最上位のものだな……」
 その剣の正体を見極めたアッガレッシオンは、立ち上がりもう一度剣を構える。
「なるほど、化け物め!」
 歓喜の色に染まった叫びを上げ、アッガレッシオンは唇を三日月の形にゆがめた。
 その言い草に美鈴は眉を吊り上げ、そしてその周囲に三百以上の自動追尾する片手剣を顕現させる。それと同時にすべての剣がひとりでに鞘走り、アッガレッシオンへと飛翔した。
「ぬるい!」
 しかし迫る剣戟を、巨大な剣の一振りですべてなぎ払う。刹那、轟音がアッガレッシオンを押しつぶした。美鈴の顕現させた片手剣すべてに爆薬がくくりつけられていた。それがなぎ払われると同時に起爆した。
「小賢しいまねを……」
 傷ひとつない。わずかに埃を被った大剣士は、剣の一振りで埃もその周囲に立ち込める土煙もすべて吹き飛ばした。しかし一向に彼の視界ははれない。
「なに!?」
 その周囲には無数の盾。彼を囲うように並んでいる。そして頭上には無数、星の数ほどもある切っ先。
「なめるなぁあああ!」
 叫びと、盾を抜けて飛ぶ衝撃が美鈴に当たる。
「み、みーちゃん」
 震えるゆかの声に、美鈴は振り向いてすこし引きつった笑みを浮かべて見せた。
「だいじょうぶ。わたしが、守るから」
 そう言って、美鈴は歩き出した。ゆかが思わず伸ばした手が、宙を切る。
 守るといっても、実際美鈴の魔力は底をつきかけている。
 先の戦いで無茶なことをしたのもそうだが、アッガレッシオンには並みの神話の武器程度ではまるで歯が立たない。世界を滅ぼすレベルの剣をもってして、怪我を負わせる程度なのだ。そのため最強の盾や武器を乱発し続けている。もはや少しでも気を緩めれば、そのまま気を失ってしまいそうなほど衰弱していた。
 それでも、美鈴は引かない。手に、勝利以外の可能性がない剣を握り締め、盾の方陣に向かう。その方陣も、中で何度も振るわれる魔力を帯びた剣撃にやられて少しずつ壊れはじめている。
 盾の正面に立つと、渾身の力を込めて剣を振るった。それと同時に盾が消え、運悪く剣を振り上げているアッガレッシオンとタイミングが重なった。
 轟音と衝撃で、二人の周囲の地面が捲れ上がった。三人は咄嗟に自分の顔を覆った。
 アッガレッシオンの両手の鎧が変形し、一部が砕けて落ちる。剣を支える左腕が逆方向に曲がっていた。
「おのれぇ……」
 苦痛に声を潜めたアッガレッシオンが見たのは、無傷で立つ美鈴。しかし見るからに疲弊しているのが分かった。
 そしてアッガレッシオンがもう一度剣を構えようとして、その異変に気づいた。
「なんだと?」
 4メートルもあった刀身が半分ほどの長さに切り折られて、五つ重ねられていたはずが三つに減っている。すべて目の前の少女にやられたのだと悟った瞬間、その胸の鎧の割れ目に細い根無し草の枝が突き刺さる。地上のいかなるものと契約して、殺すことができないはずの神を刺し殺した枝だ。心臓に届きはしなかったが、それでも神を殺した枝である、甚大なダメージが残った。
「猪口才な」
 怒気をはらんだ声とともに突き刺さる枝を払いのけ、もう一度剣をもたげて、ふりかぶる。
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