第18話

文字数 1,482文字

 美鈴は周囲を見渡し、首をかしげる。今まで自分が何をしていたのか、さっぱり分からなかった。
「わたし……」
 そして、夜なのによく見える視界と、不思議な小動物が力なく転がっているのが見えた。その先に黒い甲冑を着込んだ何かが仰向けに倒れている。
「どうしたの?」
 無意識に左胸に触れると、硬い感触がして、はっとなる。視線を下げると、先日の魔女なのか騎士なのか分からない格好になっていた。そして胸当ての下の皮膚に、知らない言語で【大切なものを傷つけるすべてに報復を】と烙印されているのが分かり、それと同時にすべての出来事が頭の中に飛び込む。誰から説明されるわけではなく、ただ無情な事実だけが飛び込んできた。
 頭を抑えてうずくまり、その事実にひとりで咽び泣いた。
 どれくらいしてか、最初に黒い甲冑が立ち上がった。その音に肩を震わせた。
「あなたが、悪いひと?」
 尋ねる美鈴は、顔も上げていない。
 甲冑は答えず、ただ腰の剣を抜いて振り上げた。それだけで、それが美鈴の害になる存在であることは分かった。
 剣が振り下ろされる。
 分厚い刀身が美鈴に届くよりも早く、彼女は自分の中の図書館(ライブラリ)の中からひとつの盾を自動的に呼び出した。
 剣が轟音を立てて弾かれた。美鈴が思い浮かべていたとおりの盾が、目の前にあった。
 美鈴の力は特化している。彼女の知る膨大な量の物品をこの世界に顕現させるという、ただひとつだけの能力。彼女が知る限り、たとえそれが実在しないものでも、神が創造したものだろうと無尽蔵に何度でもこの世界に呼び出すことができる。
 まさに今目の前にある盾も、神話の世界から呼び出されたものだった。
「ごめんなさい……」
 美鈴は侘び、せめて一瞬で相手を苦しませないために、最良の方法を選び出した。
「さようなら」
 そして黒甲冑の頭上に巨大な鎚がひとつ、いや、八つ顕現し、落ちた。
 雷神が持つその鎚は、一振りで世界蛇の頭蓋をも砕くという。それが同時に八つも落ち、あたかも隕石が落ちたような轟音をとどろかせ、そこを大きく陥没させた。
 じっと、今できたクレーターを覗き込む。今、命をひとつ摘み取った。その罪悪感が彼女を押しつぶしていく。美鈴はスカートの裾を掴んで、強く握った。奥歯がかちかちと音を立てる。
『ちょっと、ミレイ!?』
 聞きなれた念波。 視線を下げると、少し泥を被った小動物が美鈴の足元にいた。
『危うく巻き込まれてたよ! 今のは死んじゃうよ!』
 生命の危機にさすがに焦りを覚えたらしい小動物。美鈴はその姿にふと疑問がよぎる。
「あなたは、だれ?」
 あの暗い中で、ずっと美鈴を慰め、この力を与えたその小動物。まだ名前もしらず、何なのかもしらないそれ。
 美鈴の問いに押し黙ったそれは、一瞬の間を置いてから顔を上げた。
『私は、魔法の世界の女王の首を狙っていたけど、戦争に負けてここまで逃げてきた……』
 その事実を知り、美鈴は脱力感にとらわれその場に座り込んだ。
「じゃあ、わたしはあなたの戦争に巻き込まれたの?」
 巻き込まれただけなのに、美鈴は人を殺した。自衛だと言い張れるほど、彼女は大人ではない。愚かしいほどに純粋な少女だった。
 美鈴の言葉に、その小動物は顔を俯かせた。
『事実は変わらない。本当に、ごめんなさい……』
 謝罪が余計に胸を軋ませた。美鈴はまたむせび泣いた。
「ごめん。こうするしか、なかったんだ」
 念波じゃない声。背後から伸びてきた人の腕が、優しく美鈴の小さな肩を抱いた。
「言い訳がましいよね。でも、今の私には、あいつを追い返すほどの力はないんだ……」
 それが後悔しているのが分かった。
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