第45話

文字数 1,898文字

「天沢と南田はどこだ?」
 出席を取っていた教師が、普段なら必ず居る学級委員長と保険委員が居ないことに気づき、尋ねてきた。前回の授業ではちゃんと出席しているので、疑問に思ったのだろう。
 さっき二人で連れ立って出て行ったことを誰かが言うと、教師が出席簿にしるしを書き込んだ。
 それと殆ど同時にドアが開き、薫だけが入ってきた。
「すみません。遅くなりました」
 小さく礼をして、手に持っていた在室届けを渡す。
「これ、三浦先生からです。南田さん、体調が悪くなったみたいなので、保健室に連れていきました」
「そうか。授業を続ける」
 淡々とした授業が再開されて、教師が黒板に例文を書く音だけが響く。
「次の問題を」
 生徒の方に向き直ると、美鈴が音を立てて立ち上がった。
「なんだ?」
 教師が怪訝な顔で美鈴を見ると、なんと真面目な学級委員である薫や、私生活に問題はあるものの優秀なゆか、そして転校生のシャルロットまで立ち上がって、険しい表情を作っていた。
「伏せて!」
 薫が叫び、直後に建物が激しく揺れた。美鈴は咄嗟に隣の席のクラスメイトを押し倒して、残りの三人も机の下にもぐり込む。
 窓ガラスが飛び散り、全員が悲鳴を上げた。
「ゆか連絡! 美鈴城壁!」
 悲鳴の中でも聞こえるように、普段の十倍以上の大声で薫が叫ぶ。
 薫の隣の席であるゆかは、携帯電話の緊急ボタンを押す。美鈴は一瞬で魔装具を装備し、学校のグランドに面した壁すべてを覆う、世界を手に入れた王の都を守る大城壁を顕現させた。室内が一瞬で暗くなる。
「なにが、どうなってる!?」
 衝撃で転んだらしい教師は、流血する頭を抑えながら立ち上がった。
「テロ、ですよ。先生、皆をC棟の家庭科室にでも非難させてください」
 さっさと机の下から出てきた薫は、すでに黒衣に身を包んでいた。制帽をなおしながら、凛とした声で教師に命じた。
「わ、分かった。でも、天沢はどうするんだ」
 頭を打って少し朦朧としているのだろうか、あっさりと命令を受け入れた教師は、さすがに教師らしく生徒の身を案じた。
「私たちは、やることがあるんです」
 薫は微笑を浮かべて、屋上に高射砲を呼び出し、偵察機を出撃させた。
 同じく魔装具を装備したシャルロットは、血の臭いからけが人を見つけ出して手当てを始める。
 そして教師は戸惑いながらも、美鈴たちを除く生徒を全員避難させていく。隣のクラスにも同じように避難指示を出していった。
 残った美鈴たちは、戦闘の準備を始める。
「屋上に出ましょう」
「じゃあ、アタシが連れて行ってあげる」
 ゆかも魔装具を装備し、美鈴とシャルロットを両手に抱いた。
「背中につかまって」
 頷いて薫も素直にゆかの背中にしがみつく。そしてゆかは城壁と校舎のわずかな隙間から、一気に屋上まで飛び出した。
「揺れるよ! しっかり捕まって!」
 ゆかが叫び、全員が鎧の刃に気をつけてしがみつく。その刹那、補助ブースターと物理干渉を限定する結界が展開され、人類の法則を嘲笑うような超高軌道を見せた。
 ゆかが通り過ぎた軌跡に、無数の光の矢通り過ぎていく。見るとグランドに無数の黒い弓兵が展開して、魔法の矢を射出していた。
 ゆかの結界のおかげで、慣性につぶされはいないが猛烈な吐き気に苛まされた薫が、次々と送られてくる情報を元に作戦を組み上げる。
「ゆか、高射砲の横に私たちを置いて。あなたはこのまま飛び続けなさい」
「分かった」
 我こそが空の王だといわんばかりに縦横無尽に飛び続けたゆかは、急降下するように屋上に降りて三人をおろした。美鈴とシャルロットは青ざめさせてその場にへたり込む。ゆかはまた音の壁を置き去りにして大空へ飛び出す。あたかも大砲が頭上で激しく嘶くかのような轟音が、何度も何度も鳴り響く。手が敵を挑発するようにいやらしく空を飛び交う音だ。
「この程度の手勢で、なにを脅えているの? あなた、元は反抗軍の首領なのでしょう?」
 恐怖し震え上がっているシャルロットに、薫が尋ねる。
「こ、こんな数の人たちを、一度に相手にしたことなんてないよ……」
 反抗軍といえば聞こえはいいが、その実はほとんどが農民や商人ばかりで、軍勢を相手にするよりも駐屯地や斥候を罠にはめて動けなくすることが精々だった。攻撃態勢の軍勢を相手にする事があれば、シャルロットたちは即座にその場から逃げ出していたのだ。
「この程度、ものの数でもないわ。惜しいわね。もしも私があなたの世界にいたのなら、一瞬にして軍配を奪い取って見せられたのに」
 悠然と笑みを湛えた薫は、余裕の勝利宣言をして見せた。
「勝利条件は、敵の殲滅。かく云う敵はざっと十万人くらいね」
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