第34話

文字数 2,378文字

「だめ、勝てないよ。逃げてよミレイ……」
 ぺたんと座り込んで手をついたヴィエダーが、泣きながらそうせがむ。
「ちょっと……」
 その声を聞いた薫が、コメカミに青筋を浮かべて立ち上がった。
「事情は知らないけど、あなたが美鈴を戦わせているんでしょう?」
 怒気をはらんだ声に、ただでさえ小さな肩を竦めて脅えて見せた。
「ヴィエダーちゃんは、戦わないの?」
 ヴィエダーの隣にしゃがみこんだゆかは、複雑な声音でそう尋ねた。力なく首を横に振ったのを見て、薫がその襟首を掴む。
「なんで?」
 迫力に負けたヴィエダーは、思わず顔の前に手をかざして謝っていた。
「謝罪はいらない。あなたが戦えないなら、それはそれで仕方ない」
 おそるおそる目を開けたヴィエダーは、その顔を覗きこむ二人の顔を見て目を瞠った。
「だったら、私に力をよこしなさい」
「アタシが、みーちゃんを助けるから!」
 その言葉に、我が耳を疑った。
「で、でも……」
「早くしないと、絞め殺すわよ?」
 襟首を掴む手が、すっと首に当てられた。ヴィエダーは確かな恐怖に震えながら、以前美鈴に施したように儀式を執り行った。
「な、名前。君たちの力に名前をつけて……」
 順調に執り行われた儀式は最終段階に入り、二人は胸に確かな熱を感じていた。
「私を許して認めてください」
「強敵を討つ名誉を求める」
 自然とその言葉が口から出ていた。そして彼女達の胸に名が刻まれる。
「ビッテゲベン・ズィミア・エイン・ブッセウンド・ヒルフロス」
 ゆかを見る。頷き、その体に変化が生まれた。
「ウンミット・インメル・ゲヴィネン・ヘンリッヒケント」
 薫を見て力尽き、ヴィエダーは気絶した。


「終わりだ!」
 アッガレッシオンの体が爆発するように伸びて、美鈴に強烈な一撃を打ち込んだ。当然のように現れた盾がそれを防ぐが、足元すらおぼつかないほど疲弊した美鈴は、耐え切れずに吹き飛ばされた。
 木っ端のように吹き飛ばれて、なぜか冷め切った思考の片隅で自分が死ぬのが分かった。それよりも自分が友人達を守りきれなかったと思うと、そっちの方が恐かった。ゆかは、薫は、まだ付き合いは浅いがヴィエダーがどうなるのだろうと思うと、恐くて仕方ない。
 ぐしゃぐしゃになってまとまりらない思考と、枯渇寸前の魔力では抵抗すらできずにただ宙を飛ぶだけだ。
「他愛もない……」
 落胆した声が目前から聞こえ、目を開けるとそこには剣を振り上げたアッガレッシオンがいた。
「終わりじゃない」
 降って湧いた声。そしてアッガレッシオンの目前から美鈴が消えた。
「むしろ、これからですわ。アッガレッシオン将軍」
「何だ?」
 騎士の本能が、アッガレッシオンの体を即座にそこから遠ざけさせた。
 着地すると、明らかに異質な魔力を感じてその発生源を見据えた。
「お初にお目にかかります、将軍閣下。私、あなたのそっ首、引きちぎりに参りましたウンミット・インメル・ゲヴィネン・ヘンリッヒケントと申します」
 優雅に一礼した薫は、傲慢な態度で笑った。
 開襟のジャケットの下にシャツとネクタイ、乗馬ズボンと膝下まであるブーツに革の手袋、制帽を被ったその姿は魔法使いとは程遠い。まして黒一色で統一された服装に銀の装飾品や紋章の入ったブローチがジャケットにあしらわれていた姿と、嘲笑を貼り付けた顔があいまって、もはや魔界を統率する魔王だと言われたのなら納得できる。
 そしてその背後に鎮座した鋼鉄の高射砲台に設けられた玉座にしとやかに座り、脚組みして見せる。悠然とそしてどこまでも優雅な仕草は、申し分なく邪悪だった。
 直後にその隣に何かが現れた。
「お待たせ」
 声はゆかだったが、その姿は完全に変わっていた。
 銀一色の甲冑は、騎馬突撃するためだけに想定された突撃槍兵だ。優美な女性的な曲線を残したまま覆われた鋼鉄の甲冑は、しかしどこか凶暴な印象を与えるように肩やひじに尖った刃が生えている。面防のついた兜には深紅の鶏冠があり、風きりのように顎の部分が大きく突き出ていた。そして騎馬の代わりというように、腰から下に多数のロケットブースターが取り付けられ、腰骨のあたりには補助ブースターが翼の様に突き出ている。着地することは考えていないのだろう、噴射口に蒼い光を灯して地上からわずかに浮いていた。
「わ、わたぬきさん……? あまさわさんも……?」
 声だけで判断したらしい美鈴は、焦点の合わない目でゆかの顔を見ようとした。面防をはずしたゆかが引きつった笑みを浮かべて、美鈴の頬をなでる。
「ありがとう。もう大丈夫だよ。今度は、アタシ達がみーちゃんを守るから」
 そうして美鈴を薫に渡し、ゆかはアッガレッシオンを見た。怒り狂って引きつった顔は、逆に笑っているように見えた。
「テメェ、無事に死ねると思うなよッ!」
 声を押し殺して宣言したゆかは、繊細で厳かな彫刻、神に挑んだ人間たちが刻まれた突撃槍を向けた。
「ほう」
 それに面白いといわんばかりに笑ったアッガレッシオン。そしてゆかが面貌を付け直した直後、その姿が消えた。
「な」
 騎士の本能が正面に防御結界を張らせた。そしてその直後に巨人の体が数十メートルも後退する。正面に張られた七つの防御結界がすでに六層まで突き破られていた。
「な、に……いッ!?」
 結界の維持に魔力を投入した彼が見たのは、繊細な彫刻が彫られた長大な突撃槍。それを持つのは、ゆかだ。
 脚部のブースターを唸らせた彼女が手に持った突撃槍で、アッガレッシオンを突いていた。
 左手をかざしてさらに魔力を結界に流し込むが、すでに七層目の結界にも無数の亀裂が走っている。それが破られるのも時間の問題だ。
「おぉおお!」
 アッガレッシオンが右手ひとつで剣をふるった瞬間、ゆかの補助ブースターが逆噴射され、その姿がまた消えた。そしてまた薫の隣に現れた。
「転移か……?」
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