第4話
文字数 2,021文字
すっかり暗くなった道を、美鈴はひとりで歩いていた。思いのほかに書庫整理に時間をとられてしまい、帰るのが遅れてしまったのだ。
昼休みに十分な仕事がこなせなかったから、放課後に尻尾が伸びてしまったのだ。この季節は日が暮れてしまうのが早いことを思い出したのは、通学路の中間地点にある森林公園の横まで来てからだった。
早歩きで帰路を急ぐ。薄暗い森林公園を見たせいもあるかもしれないが、ひどく胸騒ぎがしていた。
早く帰りたい思いが募る。家の者に迎えに来てもらおうかとも思ったが、ここまで来て呼ぶのも申し訳ない気がして残りを走ることにした。
それからすぐに息を切らせて、ペースを半分以下にまで落としてしまう。
そもそも美鈴は体育だけは毎回赤点ギリギリで、レポートを提出して何とか評価を保っているのが実情である。そんな彼女が自宅までの数百メートルを走りきれるはずがない。
ついに足を止めてガードレールに手をついてしまった。壊れそうな勢いで脈を打つ胸に手を当て、身をかがめる。ずきりと腹部が痛くなってきた。
「やっぱり、むかえに来てもらおう……」
ダッフルコートのポケットから携帯電話を取り出して、電源を入れた。着信が三件着ていた。どれも自宅からだ。その中で一番最後の着信を開いて、発信のアイコンをタッチする。
「うぅ、さむい」
ずっと一回鼻をすすってから携帯電話を耳に当てると、呼び出し音が鳴り出したところだった。
「ん?」
ふと物音が聞こえて振り返る。国道の街灯に照らされた森林公園の入り口が目に付いた。オレンジ色の暗い明かりのせいで、少し不気味な雰囲気になっている。
「なんだろう?」
暗くてよく見えないが、何かが動いているように見えた。なぜか無性に気になって、そこへ近づいていく。
『お嬢! 何かあったんですかい!?』
電話から聞こえた声に一瞬驚いたが、それがわずらわしくて通話を切り、ぎゅっと手で握った。少し大きな機体は美鈴の手には大き過ぎる。
ごくりと喉を鳴らしてゆっくりと近寄っていくと、一際大きくがさっと音を立てて垣根になった背の低い木から何かが出てきた。
「ひゃ!?」
驚いて飛び上がった拍子に手に持っていた携帯電話を落として、尻餅をついた。
助けて……
空耳にしてはしっかり聞こえすぎたその声は、耳というよりも脳の中に直接響いた。
完全にその場から逃げ出す気でいたのに、その言葉を聞いて、美鈴は動けなくなった。
もう一度、震える体に活を入れてその場を注意深く探る。だれか、いや、何かが居るはずだ。
腰をかがめてみてみると、何かが居た。
「だ、大丈夫?」
そっと手を伸ばすと、毛深い何かに触れた。一瞬驚いて手を引っ込めるが、すぐにもう一度手を触れた。
たすけて……
そっと撫でるとその声は大きく、確かに聞こえた。
「え!?」
もう一度驚き、ぞっと寒気を覚えた。
逃げて!
飛び込んだ一秒を争うほどの声。美鈴は無意識にそれを抱き上げて横に転がった。その刹那、今まで彼女がしゃがんでいた場所に、何かが突き刺さっている。
さっと全身の血が凍りつくような錯覚。それと同時に立ち上がり走る。自分とは思えないほど機敏な動きだった。
「な、なに?」
恐怖がとぐろを巻いて腹の底で暴れている気がした。ストレスで吐き気がこみ上げて来るが、美鈴は足を止められなかった。本能が走れと告げている。
走り出して三分足らず。いつの間にか公園の奥にまで来てしまった。道沿いに逃げていれば後悔したものの、それどころではなかったのだ。
このあたりは自然を重視しすぎたために、街灯がほとんどなく暗い。芝生が敷かれているため、足場も不安がある。
もう大丈夫だろうかと、安易な考えがよぎった美鈴は速度を緩めて首を捻った。その刹那、衝撃が全身を貫き、美鈴の小さな体は数メートルほど吹き飛んだ。
咄嗟に身を丸めていたものの、その余力で地面を転がり全身をしたたかにぶつけていた。
強く打たれたことで呼吸ができない。胸を押さえて何度も喘いでいると、追跡していた影がぬっと美鈴の前に現れた。
に、逃げて。早く
腕の中のちいさな生物が苦しそうに身悶えながら、ちいさな前足を美鈴の胸に押し当てた。そうすると一度空気の塊を吐き出して、やっと呼吸ができるようになった。
まだ起き上がれない美鈴にずりずり音を立てて近寄る黒い影は、不自然に伸びた前腕を手繰り寄せていた。その爪の先に美鈴の背負っていた通学鞄の破片が引っかかっているのが見えた。おそらく前腕を伸ばして彼女の背中を突き飛ばしたのだろう。
身もだえ、そして迫りくる恐怖。美鈴は背筋が冷たくなり、まだ自由の利かない体を引きずってその場から少しでも遠ざかろうとした。
遠ざかる美鈴を確認して、影は伸びていない方の腕を振りかぶる。今度は、防ぐものがない。
呼吸を止めて固まったその時、腕の中の小動物が動いた。
君、今だけでいいから、私の力を貸すから、騎士を倒して!
昼休みに十分な仕事がこなせなかったから、放課後に尻尾が伸びてしまったのだ。この季節は日が暮れてしまうのが早いことを思い出したのは、通学路の中間地点にある森林公園の横まで来てからだった。
早歩きで帰路を急ぐ。薄暗い森林公園を見たせいもあるかもしれないが、ひどく胸騒ぎがしていた。
早く帰りたい思いが募る。家の者に迎えに来てもらおうかとも思ったが、ここまで来て呼ぶのも申し訳ない気がして残りを走ることにした。
それからすぐに息を切らせて、ペースを半分以下にまで落としてしまう。
そもそも美鈴は体育だけは毎回赤点ギリギリで、レポートを提出して何とか評価を保っているのが実情である。そんな彼女が自宅までの数百メートルを走りきれるはずがない。
ついに足を止めてガードレールに手をついてしまった。壊れそうな勢いで脈を打つ胸に手を当て、身をかがめる。ずきりと腹部が痛くなってきた。
「やっぱり、むかえに来てもらおう……」
ダッフルコートのポケットから携帯電話を取り出して、電源を入れた。着信が三件着ていた。どれも自宅からだ。その中で一番最後の着信を開いて、発信のアイコンをタッチする。
「うぅ、さむい」
ずっと一回鼻をすすってから携帯電話を耳に当てると、呼び出し音が鳴り出したところだった。
「ん?」
ふと物音が聞こえて振り返る。国道の街灯に照らされた森林公園の入り口が目に付いた。オレンジ色の暗い明かりのせいで、少し不気味な雰囲気になっている。
「なんだろう?」
暗くてよく見えないが、何かが動いているように見えた。なぜか無性に気になって、そこへ近づいていく。
『お嬢! 何かあったんですかい!?』
電話から聞こえた声に一瞬驚いたが、それがわずらわしくて通話を切り、ぎゅっと手で握った。少し大きな機体は美鈴の手には大き過ぎる。
ごくりと喉を鳴らしてゆっくりと近寄っていくと、一際大きくがさっと音を立てて垣根になった背の低い木から何かが出てきた。
「ひゃ!?」
驚いて飛び上がった拍子に手に持っていた携帯電話を落として、尻餅をついた。
助けて……
空耳にしてはしっかり聞こえすぎたその声は、耳というよりも脳の中に直接響いた。
完全にその場から逃げ出す気でいたのに、その言葉を聞いて、美鈴は動けなくなった。
もう一度、震える体に活を入れてその場を注意深く探る。だれか、いや、何かが居るはずだ。
腰をかがめてみてみると、何かが居た。
「だ、大丈夫?」
そっと手を伸ばすと、毛深い何かに触れた。一瞬驚いて手を引っ込めるが、すぐにもう一度手を触れた。
たすけて……
そっと撫でるとその声は大きく、確かに聞こえた。
「え!?」
もう一度驚き、ぞっと寒気を覚えた。
逃げて!
飛び込んだ一秒を争うほどの声。美鈴は無意識にそれを抱き上げて横に転がった。その刹那、今まで彼女がしゃがんでいた場所に、何かが突き刺さっている。
さっと全身の血が凍りつくような錯覚。それと同時に立ち上がり走る。自分とは思えないほど機敏な動きだった。
「な、なに?」
恐怖がとぐろを巻いて腹の底で暴れている気がした。ストレスで吐き気がこみ上げて来るが、美鈴は足を止められなかった。本能が走れと告げている。
走り出して三分足らず。いつの間にか公園の奥にまで来てしまった。道沿いに逃げていれば後悔したものの、それどころではなかったのだ。
このあたりは自然を重視しすぎたために、街灯がほとんどなく暗い。芝生が敷かれているため、足場も不安がある。
もう大丈夫だろうかと、安易な考えがよぎった美鈴は速度を緩めて首を捻った。その刹那、衝撃が全身を貫き、美鈴の小さな体は数メートルほど吹き飛んだ。
咄嗟に身を丸めていたものの、その余力で地面を転がり全身をしたたかにぶつけていた。
強く打たれたことで呼吸ができない。胸を押さえて何度も喘いでいると、追跡していた影がぬっと美鈴の前に現れた。
に、逃げて。早く
腕の中のちいさな生物が苦しそうに身悶えながら、ちいさな前足を美鈴の胸に押し当てた。そうすると一度空気の塊を吐き出して、やっと呼吸ができるようになった。
まだ起き上がれない美鈴にずりずり音を立てて近寄る黒い影は、不自然に伸びた前腕を手繰り寄せていた。その爪の先に美鈴の背負っていた通学鞄の破片が引っかかっているのが見えた。おそらく前腕を伸ばして彼女の背中を突き飛ばしたのだろう。
身もだえ、そして迫りくる恐怖。美鈴は背筋が冷たくなり、まだ自由の利かない体を引きずってその場から少しでも遠ざかろうとした。
遠ざかる美鈴を確認して、影は伸びていない方の腕を振りかぶる。今度は、防ぐものがない。
呼吸を止めて固まったその時、腕の中の小動物が動いた。
君、今だけでいいから、私の力を貸すから、騎士を倒して!