第56話

文字数 2,631文字

 さすがに、美鈴も目を見開いて、自分とよく似た女王の顔を見た。
「で、でも……」
 戸惑う美鈴に、宗孝は順を追って離し始めた。
「お前の父ちゃん、好機はな、ずっとこの世界の”歪み”を研究していた。俺にはわからなかったが、やつに言わせると、この世界の時間はどうにもおかしいらしい。そしてそれを究明するために、あいつはずっと”戸”を研究してた。幾つも折り重なった時間と空間を覗き見るドアだ。それで歪みの中心点を見るために”戸”を開いて、向ッ側に行っちまった。居なくなって10年経った時、突然戻って来たと思ったら、同じくらいの歳の女の子をひとり、連れて帰ってきちまった。
 その子はな、神政アルマニア帝国の926代皇帝の娘だって言うんだ。おかしな話だ。俺らはずっと何千年も昔から、100から193代の皇帝と戦ってきたんだからなぁ。なんで926代目が居るんだ? わけが分からねぇ。そいつが分からないまま、いつの間に美鈴、お前さんが生まれて、そんで、あの事件だ」
 美鈴の顔が険しくなった。シャルロットも見た、美鈴の記憶。まだ幼かった頃に起きた、不可思議な事故。
「あのとき、身重だったからなぁ。なんとかして、お前さんを生んだんだろう?」
 訪ねるが、その答えはわかっているのだ。
「さすがは、わたくしのお祖父様。ご聡明なお方ですわ!」
 賞賛する女王は、扇を閉じ両手をあわせた。
「その通り。都に帰られた母上様は、その身の殆どがなく、すでに人としての生は全うしておりましたわ。しかしその強靱な生命の結界が、子を孕むゆりかごを守っておりましたの。おかげでわたくしはこうして生をなすことができ、帝国女王としての責務を全うすることができましたわ。母上様には、どれほどの感謝をしても尽くす事などできません」
 殊勝な事を言い、帝国式の黙祷の印を結び祈りを上げる。
「お前さんは、人から物を奪い、殺めるのが王者の責務だって言うのかい?」
 宗孝の声が明らかに怒気に震えていた。押さえきれない憤怒が、空気を砕き、ぴきぴきと不自然な音が宙空で鳴る。
「お前さんは、せっかくもらった命を、そんな事に使っているのかい?」
 怒りの正体はそこだ。宗孝を怒らせたのは、なにも略奪を繰り返す所行だけではなかった。死してなお守り通した命の使いどころが、そこだという事に激しい怒りを抱いていた。
 しかしそれは女王とて、同じだった。
「ムネタカお祖父様。人はみな責務がありますのよ。わたくしは、すべてを支配し、そして永遠の安寧へと導く定めがありますの。神を殺し、すべての理不尽を無くす。それがわたくしの責務ですもの」
 美鈴、宗孝、女王と三様の魔力が噴き荒れる。各々曲げられない信念を持ち、それぞれの戦場に立つものたちだ。
「美鈴は下がってな。お前さんの妹は、ちょいとわからず屋だからな、言って聞かせるのは骨が折れるぜ」
「お話が分からないのは、お祖父様の方ですわ」
「わたしも、その人には用事がある」
 胸に誓いの言葉を刻んだ二人と、信念と宿命を背負ってきた一人。
 彼らは決して、妥協を許さない。
 人生に終止符が打たれるその時まで、彼らは自分を突き通す。
 なぜなら、彼らは魔法使い。何ものにも屈さないと、膝を折れなと”自分に誓った”外道たちなのだ。その彼らが顔を合わせれば、ひとつやふたつ、些細な揉め事が起きてしまうのは必然だった。
 一瞬の硬直をおいて、彼らは己の魔法を繰り出す。
 女王が無数の円形の結界を展開させるが、それを宗孝が魔力を吸い集める魔法を明後日の方向へ打ち出し歪めた。展開位置がずれて無防備になった女王の懐に美鈴が突進して、因果の糸を切る剣を振るう。
 剣が女王の肉に食い込む刹那、彼女が自分自身にかけておいた防御結界が展開され、自身の因果を世界から切り出し、この世界からの干渉をすべて拒絶する。そのゆらいだ存在に向け、宗孝が女王が居る可能性の一番高い場所を隔離する結界を展開し拘束。美鈴は隔絶された女王に向け、龍神の尾から出た有象無象を薙刈る剣を顕現させ振りかぶる。
 宗孝の展開した結界ごと女王の体が切断される。鮮血が飛び散った。
 しかしその血潮が生あるようにうごめき、女王の体を結びつけまた結合させる。
 1万年の悠久を戦い抜いた彼女は、その体の一滴一片にまで自分の生命力を見いだし、魔力として扱う。いうなれば、女王の体は微細な彼女の集合体と化している。
「わたくしを殺したいのなら、世界を滅ぼすつもりでと、言ったはずですわ、お姉様」
 彼女の右手の周りに溢れだし魔力が凝縮し、美鈴に向けて爆発的に膨張した。
「ぐっ!」
 彼女の本能が強固な盾を、ひとつでは防ぎきれないと五つも顕現させて防いだ。その内の四つが砕け、余波だけで美鈴を鏡の間の奥へ叩きつけた。衝撃で鏡の間の鏡がすべて割れて散る。
「お祖父様も、手品ばかりですわね」
 同じように急膨張した魔力が、宗孝に向けられ叩きつけられる。しかし、彼とてただの老魔術師ではない。原始的な分強固な魔装具が、自動的に強力な防御結界を展開、こと魔力や魔法を切断する事に特化した大太刀で魔力の固まりを切断した。
「俺を殺りたいなら、一回使った技なんか使うんじゃねぇや」
 一方向に整流された爆発を飛び越え、打ち出す女王へ切りかかる。
「それは、大変失礼いたしましたわ」
 婉然とした笑みを浮かべた女王は、同じ手を今度は全方向へ向け繰り出す。一瞬よけるにも値しないと見切りをつけようとした刹那、武人の勘が彼の体を突き動かした。
 宗孝は自分の周囲の魔力を使い後方へ、体を無理やり吹き飛ばした。
 轟音を上げて膨張する女王の魔力が、周囲の空気、こと空気中に含まれる極僅かな水素原子と共にその体積を数百万分の一まで超圧縮した。そして引き起こされた核融合の閃光が一瞬にして鏡の間を飲み込む。
 鏡の間の隅まで飛ばされ攻撃の機会を伺っていた美鈴は、すぐ目の前で圧倒的な魔法使いたちのもめ事におびえて動けずに居たシャルロットを抱き、無数の防壁を展開し、間一髪のところで美鈴たちを守った。
「さすがお祖父様ですわ」
 そのすべてを砕く炎に包まれてなお、余裕の笑みを浮かべた女王は、さらに膨張しきった炎を同じ手段で再凝縮させ宗孝に向け発射した。
 速度にして秒速二十万キロ。温度にして摂氏三万度を超える光線の直撃を受け、さすがの武人の結界も半分以上が吹き飛ばされた。即死しなかったというだけでも、彼の能力が度を超して高いと分かる。
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