第46話

文字数 1,367文字

 薫は楽しそうに笑い、屋上からグランドを見下ろした。
「ようこそ。アルマニア帝国奪還軍の皆様」
 魔界の軍将であっても、そこまで傲岸不遜な態度は取れないだろう。薫は敵の前で胸を張り両手を広げてから大きく優雅に一礼して見せた。その背後で美鈴が心配そうに眉をひそめ、シャルロットは今にも卒倒しそうな顔をしている。
「私はウンミット・インメル・ゲヴィネン・ヘンリッヒケント=全軍団長。そしてこちらは私の友、カレック・ランド・ディボズィヒト・ツェゲッベン=完成した世界。あともうひとり、あなた方愚鈍なる奪還軍の攻撃をいともたやすく回避して見せている、ビッテゲベン・ズィミア・エイン・ブッセウンド・ヒルフロス=那由多の彼方」
 中空でゆかは制止して、一度優雅に礼をして見せた。この瞬間は名乗りの時。攻撃はしてこない。
「それと、異界の友ビッテ・ヴィエダー・ディカーフト・オンヴィヒティング・ディーガ=開放の春風。あなた方雑魚相手には少しばかり勢を構えすぎては居ますが、私雑魚相手にも全力を持って相手をするのが礼儀と思いましたので、どうぞ豚のような悲鳴を上げて、蛆のように死んでくださいませ」
 上品な笑みをたたえた薫に十万の怒号が向けられた。校舎の外も、周囲の家をも破壊して、その軍団は攻め込んできていた。薫の手の資料には、その被害が正確に映し出されていた。その事実に、誰よりも激しく薫本人が激怒していた。
「それでは、烏合の軍を取り仕切る方、おっと、失礼。蛆の群の頭はどれでしょうか? あいにく、蛆を見分けられるほど、私器用じゃないもので」
 グランドに集まって弓を射ている集団の中に、アッガレッシオンは居ない。彼は少し離れた場所に本陣を敷いているようだ。
 その集団の中で、ただひとり騎乗した騎士が居た。それがこの弓兵たちの長らしい。
「我こそは!」
 憤怒に震えた声が聞こえた。どうやらその騎士はしゃべれるらしい。
「美鈴。グランドを爆破して」
「え?」
「蛆の嘶きなんて、聞きたくも無い」
 上品な笑みの奥には、確かに憎悪の炎が上がっている。それを垣間見えた美鈴は、素直にグランドの散水装置の中に大量の爆薬を顕現し、起爆させた。
 宣誓をしていた騎士達の足元が、爆ぜる。爆発と同時に逆泉家に伝わる、対魔法結界の刻印が打たれた弾丸が爆ぜた地面から無数に飛び出した。
 最低限の防御結界しか張っていなかった弓兵たちは、一撃にしてその殆どがミンチ肉になった。
 ふんと鼻を鳴らして、薫は死体野原を見下す。まだ息のあるものも居るようだが、体の中に食い込んだ弾丸が変異して毒をまいている。あと二分ほど苦しんで死ぬことだろう。
「美鈴。扇撃ちのかぶら矢をひとつ出してもらえる?」
 一瞬何のことか分からなかったが、自動検索されたライブラリから要望のものがひとつ出てきた。美鈴は自分の右手にその矢をひとつ出し、薫の高射砲に渡した。
 全自動で装填された弓矢は、大昔の戦争で入り江に浮かぶ船の上に立てられた扇の要を正確に射抜いたとされる、必中の矢だ。その矢を装填された高射砲は、膨大な量の魔力をグランドの死体の原から吸い上げて凝視くさせた。
「受け取ってくださる? アッガレッシオン将軍。負け犬の吠え面には、すこし豪勢ですけれど」
 轟音。光線のように、光の尾を引いてかぶら矢が砲身から飛び出した。
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