第22話

文字数 1,302文字

 ゆかが呻くようにつぶやくと、美鈴は急に明るくなったことで、もぞもぞと動いて抱きしめていたぬいぐるみに顔をうずめた。
「くぅ、いいな。これだから幼女はたまらない!」
「あんたねぇ……」
 口元を押さえてうめいたゆかの頭を、薫が手加減なしで叩いた。
「いったいなぁ! ちゃんと起こすよ」
 頭を一度さすり、ゆかは膝をついて腰を折った。顔を近づけて頭を撫でる。
「みーちゃん、朝だよ。ご飯できてるから、一緒に食べよう」
 肩を揺すると、美鈴はまた少し動いて顔を出した。薄く目を開けて、焦点の定まらない目でゆかを見た。顔がだらしなくたるんだゆかは、まずいまずいと頭を振って、上半身を起こした。
「ほら、みーちゃん、おきて」
 美鈴の肩を掴んで起き上がらせた。
「うわ、軽い……」
 簡単に持ち上がった美鈴を、その場で座らせる。ぺたんと座って、胸にはぬいぐるみを抱いている。
「たまらん……」
 視線をはずしてぼやく。手を離すとそのまま寝転んでしまいそうなので支えたままだ。
 首が据わらない美鈴は薄目でゆかを見上げ、そしてぬいぐるみを抱いていない方の手を伸ばしてゆかにしがみついた。
「さむいよ……」
 力の入らない体は妙に柔らかくて、寝起きのぬくもりが薄い寝巻き越しに伝わってくる。
「ふおぉおお!?」
 変な声を漏らしたゆか。その声に驚いたのか少しだけ顔を上げた美鈴は、すんと一度鼻を鳴らした。
「いいにおい」
 そして突然ゆかの首もとに鼻先をこすりつけた。顔を熟れたりんごよりも赤くしたゆか。その首元に顔をうずめて、寝息を立て始めた。
 内心の欲望と理性が全力でぶつかり合う。髪をセットしながら見ていた薫は肩を竦めて、もうしばらくはゆかの葛藤を傍観することにした。
 それから二度寝してしまった美鈴を抱いて固まったゆかを、薫が揺すって目覚めさせる。
「ほら、ミイラ取りがミイラになってどうするのよ」
「あ、うん……」
 まだ腕の中の少女を抱いていたい願望を捨てきれないようなので、薫はゆかのわき腹に鋭い手刀を叩き込んだ。
「ぐふっ!?」
 吐血しそうな勢いで空気の塊を吐いたゆかは、それでも美鈴は手放さなかった。しかしその衝撃は夢に沈んでいた美鈴にまで届いて、彼女の細い肩がびくりと一度震え、ゆっくり目を開けて緩慢な動作で周囲を見回す。
 美鈴のまだ冴えない思考では、現状を把握することができない。どうしてゆかに抱かれているのか、そしてそもそもなぜ彼女達が居るのかなど疑問符を頭に浮かべたまま、もういちど周囲を見渡し薫と目が合い小首をかしげた。
「おはよう、美鈴。そろそろ起きて、朝ごはん食べましょう」
 薫に言われ、ワンテンポ遅れて頷いた。そして硬直したゆかの腕の中から這い出して、ふらふらと危なっかしい足取りで部屋を出ていく。薫はその背中を黙って見送る。
「うん?」
 美鈴が胸に抱いたぬいぐるみの尻尾が不自然に揺れた気がして、もう一度それを見る。どう見てもただのぬいぐるみである。
「まだ寝ぼけてるのかしら?」
 目元を軽く揉み解すと、はっと背後から立ち上る殺気に驚いて身を捻る。
「こんの巨乳むすめぇッ!」
「きゃっ!?」
 目を光らせたゆかが、薫を力任せに押し倒した。
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