第36話
文字数 1,910文字
それからすぐに美鈴は自ら指を離して、顔を俯かせた。それでも耳が赤いのが見える。
「も、もう、だいじょうぶだらか。ごめんなさい……」
気恥ずかしさで身をよじり、薫の腕から離れた。
「そう。じゃあ、反撃を始めるわよ」
「うん」
悠然と笑みを浮かべた薫は、烏形の偵察機が集めてきた情報を高射砲のコンピューターで整理して纏めた資料に目を通す。逐一更新される情報に、思わず笑みをこぼした。
「美鈴。一撃で相手の心臓を抉り取れる武器なんてあるかしら?」
尋ねると、美鈴は難しそうな顔をして、首をかしげた。
「あるけど、わたしには、なげられないよ?」
美鈴のライブラリには条件に合致する武器が複数あるが、その中でも一番強力なものは、神の魂を持った英雄の槍だ。それはとても凡人では扱うことができない代物である。
「じゃあ、それを出してもらえる?」
わけも分からないまま頷いて、美鈴はそれを顕現させた。同時に膝から崩れしなだれるように、薫にしがみついた。元から白磁のようだった顔は、今は青を通り越して土色になりつつある。
自重で深々と地面に刺さったその槍は、まさしく神話の中のものだ。その神々しさに、それ自体を知らない薫でさえ息を呑んだ。
「ごめんなさい。でも、もう終わりよ」
腕の中の美鈴をひと撫でして、高射砲が動いた。長大な銃身の横から生えたクレーンが、顕現した槍を掴む。そして砲身の後部、装填室が大きく開きその中に槍を押し込んだ。
「さあ、アッガレッシオン将軍。これでおしまい」『ゆか、離れて』
ゆかは念波を受信して、姿を消した。攻撃が止み、アッガレッシオンははと薫の高射砲に異様な魔力の膨張を感じた。咄嗟に離れようとしたが、すぐに逃げても意味がないと悟ったのだろう。即座に全力で真正面だけに防御結界を全力で展開した。
「さようなら、将軍閣下」
薫が凶悪な笑みを浮かべた瞬間、高射砲は装填された槍を発射した。
神の気配と膨大な魔力が砲門から飛び出し、唸りすら置き去りにして砲弾と化した槍は一直線にしてアッガレッシオンを刺し貫いた。彼の展開した結界なぞ、最初から無かったとでも云わんばかりに何の抵抗もなく、すべて一瞬で砕かれていた。
「ぐ、か……」
槍は正確に心臓を貫いていた。それまでの慣性を無視して、槍はアッガレッシオンの心臓を砕いたままとどまっている。槍の持つ本来の能力、呪いを遺憾無く引き出してた。
「ば、かな……。なんなのだ……」
柄を掴み引き抜こうとするが動かない。口から血塊を吐き出しながらもまだ生きていられるのは、帝国最高峰の魔法使いの歴史そのものだからだろう。
彼は常時本来の心臓が止まった瞬間に、無事な臓器を心臓に作り変える魔法を自分に仕掛けている。だからまだ生きていられるのだ。
美鈴はその槍の特性を熟知しているから、まだ生きていることに目を瞠った。
「お、のれぇ……」
呻き、アッガレッシオンは剣をもたげようとして、取り落とした。
射抜いたものを絶対に殺すという呪いがかけられた槍だ、さしもの騎士とてじわりとその呪いが体を蝕みだしている。
膝を着き、そして全身のまだ塞がらない傷口から血が吹き出す。心臓が破壊され、また造られ、破壊されという工程が繰り返される。もはや体の中は荊で覆い尽くされているはずだ。
「たおした、の?」
肩で息をする美鈴が、薫に尋ねる。薫は手の資料をじっと見つめて、すぐには答えを出さない。
二人の隣にゆかが現れ、そしてずっと放置されていたヴィエダーを抱き起こした。気を失っているので、ぐったりしたまま動かない。鋼鉄で出来たガントレッドでそっと頬に触れて泥を拭う。目覚める気配はない。
「まだ、生きてるけど、すぐに死ぬでしょうね」
薫は資料を凝視したまま答えた。ゆかは少しだけ浮いたまま、抱いたヴィエダーの首に巻きつけられた鈴に気づいて、一瞬ためらってから鈴を引いた。
「まだだ、まだ終わらん……」
苦悶に歪んだアッガレッシオンが、血を噴き出しながら立ち上がった。上半身を覆う鎧がはずれ、四肢があらわになる。
「まだ、立てるのね……」
手元の新しい資料と見比べて、薫がつぶやく。彼は立てるはずがない、即死していて当然レベルの重傷を負っているはずだ。
剣を構えるアッガレッシオンは、鬼のような形相で鼻と口からとめどなく血潮を吹き出し続けている。
それでもまだ彼を戦わせるのは、帝国最強の騎士としての誇りと意地だ。
「敬服しますわ、将軍。でも、あなたはもう死ぬ。そこで遺言でも並べていなさい。情けよ、聞いていてあげる」
余裕を浮かべる薫だが、彼女は美鈴あってこそ戦える。巨大な高射砲自体に攻撃する術ない上に、移動能力も無い。
「も、もう、だいじょうぶだらか。ごめんなさい……」
気恥ずかしさで身をよじり、薫の腕から離れた。
「そう。じゃあ、反撃を始めるわよ」
「うん」
悠然と笑みを浮かべた薫は、烏形の偵察機が集めてきた情報を高射砲のコンピューターで整理して纏めた資料に目を通す。逐一更新される情報に、思わず笑みをこぼした。
「美鈴。一撃で相手の心臓を抉り取れる武器なんてあるかしら?」
尋ねると、美鈴は難しそうな顔をして、首をかしげた。
「あるけど、わたしには、なげられないよ?」
美鈴のライブラリには条件に合致する武器が複数あるが、その中でも一番強力なものは、神の魂を持った英雄の槍だ。それはとても凡人では扱うことができない代物である。
「じゃあ、それを出してもらえる?」
わけも分からないまま頷いて、美鈴はそれを顕現させた。同時に膝から崩れしなだれるように、薫にしがみついた。元から白磁のようだった顔は、今は青を通り越して土色になりつつある。
自重で深々と地面に刺さったその槍は、まさしく神話の中のものだ。その神々しさに、それ自体を知らない薫でさえ息を呑んだ。
「ごめんなさい。でも、もう終わりよ」
腕の中の美鈴をひと撫でして、高射砲が動いた。長大な銃身の横から生えたクレーンが、顕現した槍を掴む。そして砲身の後部、装填室が大きく開きその中に槍を押し込んだ。
「さあ、アッガレッシオン将軍。これでおしまい」『ゆか、離れて』
ゆかは念波を受信して、姿を消した。攻撃が止み、アッガレッシオンははと薫の高射砲に異様な魔力の膨張を感じた。咄嗟に離れようとしたが、すぐに逃げても意味がないと悟ったのだろう。即座に全力で真正面だけに防御結界を全力で展開した。
「さようなら、将軍閣下」
薫が凶悪な笑みを浮かべた瞬間、高射砲は装填された槍を発射した。
神の気配と膨大な魔力が砲門から飛び出し、唸りすら置き去りにして砲弾と化した槍は一直線にしてアッガレッシオンを刺し貫いた。彼の展開した結界なぞ、最初から無かったとでも云わんばかりに何の抵抗もなく、すべて一瞬で砕かれていた。
「ぐ、か……」
槍は正確に心臓を貫いていた。それまでの慣性を無視して、槍はアッガレッシオンの心臓を砕いたままとどまっている。槍の持つ本来の能力、呪いを遺憾無く引き出してた。
「ば、かな……。なんなのだ……」
柄を掴み引き抜こうとするが動かない。口から血塊を吐き出しながらもまだ生きていられるのは、帝国最高峰の魔法使いの歴史そのものだからだろう。
彼は常時本来の心臓が止まった瞬間に、無事な臓器を心臓に作り変える魔法を自分に仕掛けている。だからまだ生きていられるのだ。
美鈴はその槍の特性を熟知しているから、まだ生きていることに目を瞠った。
「お、のれぇ……」
呻き、アッガレッシオンは剣をもたげようとして、取り落とした。
射抜いたものを絶対に殺すという呪いがかけられた槍だ、さしもの騎士とてじわりとその呪いが体を蝕みだしている。
膝を着き、そして全身のまだ塞がらない傷口から血が吹き出す。心臓が破壊され、また造られ、破壊されという工程が繰り返される。もはや体の中は荊で覆い尽くされているはずだ。
「たおした、の?」
肩で息をする美鈴が、薫に尋ねる。薫は手の資料をじっと見つめて、すぐには答えを出さない。
二人の隣にゆかが現れ、そしてずっと放置されていたヴィエダーを抱き起こした。気を失っているので、ぐったりしたまま動かない。鋼鉄で出来たガントレッドでそっと頬に触れて泥を拭う。目覚める気配はない。
「まだ、生きてるけど、すぐに死ぬでしょうね」
薫は資料を凝視したまま答えた。ゆかは少しだけ浮いたまま、抱いたヴィエダーの首に巻きつけられた鈴に気づいて、一瞬ためらってから鈴を引いた。
「まだだ、まだ終わらん……」
苦悶に歪んだアッガレッシオンが、血を噴き出しながら立ち上がった。上半身を覆う鎧がはずれ、四肢があらわになる。
「まだ、立てるのね……」
手元の新しい資料と見比べて、薫がつぶやく。彼は立てるはずがない、即死していて当然レベルの重傷を負っているはずだ。
剣を構えるアッガレッシオンは、鬼のような形相で鼻と口からとめどなく血潮を吹き出し続けている。
それでもまだ彼を戦わせるのは、帝国最強の騎士としての誇りと意地だ。
「敬服しますわ、将軍。でも、あなたはもう死ぬ。そこで遺言でも並べていなさい。情けよ、聞いていてあげる」
余裕を浮かべる薫だが、彼女は美鈴あってこそ戦える。巨大な高射砲自体に攻撃する術ない上に、移動能力も無い。