第37話

文字数 1,562文字

 もしも彼が残りの魔力すべてを剣に込めて叩きつけてくれば、薫にそれを避ける術はない。
『ゆか。美鈴とヴィエダーをつれて逃げられる?』
 念波で尋ねる声は、焦りの色が強い。さすがに感情まで制御できない。
『どういうこと?』
 答えたゆかも、焦る薫の真意に薄々気づきだす。
『将軍は死ぬ気で剣を振るうわ。すぐ近くまで美鈴の家の人たちが来ているから、二人をそこへ連れて行ってもらえる?』
 手元の資料に、黒い装甲車のような車が映っている。美鈴の家から出てきたものだ。
『薫は?』
『私はこの大砲を盾にすれば、なんとかなるわ』
『それ、嘘でしょ』
 ゆかが鋭く云うと、薫は苦笑を浮かべて言葉に詰まった。
 その間にもアッガレッシオンの剣に魔力がたまり続ける。薫の偵察機がそのことを知らせ、資料に新しい数字が出力される。
「我は神政アルマニア帝国奪還軍軍長、三桂評議会が第三席、アッガレッシオン・ウンド・エロベルング・ヘッレシャフト・ドゥーチ・ダス・シュヴェード=剣元帥! 我が戦道(いくさみち)に、一度とて敗走はない!」
 名乗りの言葉と共に歯を食いしばり、渾身の力を込めて剣を上段に構える。
「たとえこの命と引き換えようとも、我が道に、敗北はないッ!」
 それが最強の騎士としての誇りだ。譲れないプライドこそが、彼の万年の戦争を支えてきた。その誇りが揺らぐというのならば、アッガレッシオンは自分の命如きで躊躇はない。
「行きなさい!」
 薫が美鈴をゆかに押し付けた刹那、アッガレッシオンの剣が光った。
 ゆかは、ロケットブースターを全力で始動させた。
「そいつぁ、残念だったな。アッガレッシオン」
 ゆか両腕でそれぞれ美鈴とヴィエダーを抱き、薫の襟首を噛んで飛び出そうとしたその時、アッガレッシオンの剣の光がさらに強い光によって吹き飛ばされた。
「え?」
 何が起きたのか分からない二人の目の前に、一騎の武者が現れた。
 黒革縅に身を包んだその武者は、眼帯をつけていない方の目で、アッガレッシオンがいた方向を見た。
「子供相手に、大人が本気になりやがんじゃねぇや」
 武者は手に持った十文字槍を肩に担ぎ、猛る騎馬をいなした。
「大岡、さっさとしな」
 薫の高射砲を取り囲むように、どこぞの軍隊じみた現代戦を想定した兵隊が並ぶ。
「遅くなりました、お嬢さんがた」
 その兵隊達の先頭に立つのは、美鈴の屋敷にいた大男、大岡だった。構えていたライフルは流れるような動作で肩掛け紐を掴んで背中に回して、片膝を着いて目線を合わせた。
 それと並行して、美鈴の屋敷にいた彼らが驚くべき速度で射撃陣地を構築し、アッガレッシオンに銃口を向けて構える。中には分隊支援用の汎用機関銃や対戦車ロケット砲まで構えている者までいた。
 驚く二人をよそに、武者、宗孝はまっすぐに新たに現れたその男を見た。
「こいつぁ、驚いた。三桂評議会のお偉方が、二人もいやがる」
 笑いながら、アッガレッシオンの巨躯を魔法で横たえさせる男を見た。
「計り知れない力を持った魔法使いが生まれたと思ったら、やはり貴方の血縁者でしたか」
 慇懃無礼な物腰で、新たに現れた深紅の法衣の男は優雅に貴族式に一礼して見せた。
「薔薇の、ここは傷み分けだ。さっさと手を引きな」
 宗孝が片目で睨みつける。涼しい顔をした薔薇侯爵は目を細めた。
「そうですね。たしかに、分が悪い」
 薔薇侯爵は宗孝の後ろで手当てされる美鈴を見る。
「しかし、チャンスは今しかない」
 押し殺した声でつぶやくが、しかし宗孝は聞き逃さない。
「今なら、てめぇら押し込み強盗、見逃してやるっていってんだよ」
 刹那、薔薇侯爵の帽子が飛んだ。宗孝がもう一度槍を肩に担ぎなおす。
「私は、戦闘要員ではないですからね。ここは、四日間ほどその首預けてあげましょう」
「云いやがれ」
 宗孝が笑うと、ふたりの異界の男が消えていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み