第41話

文字数 2,792文字

 一通り説明を終えると、終始黙っていた葉月が一歩踏み出した。
「それでは皆さん、対魔法使い戦のお勉強をしましょうか」
 かしゃんと、一点式吊帯(ワンポイントスリング)で吊るされた突撃銃(アサルトライフル)が胸のポーチに当たって音を立てた。
 今の葉月は、いつものたすきがけで袖をまとめた和装の上にボディーアーマーを着込んでいる。胸の位置には突撃銃の予備弾倉が六つあり、後ろ腰には空になった弾倉を入れる返しの付いた口の大きいポーチがある。その右隣には自動拳銃がひとつと、左隣には拳銃の予備弾倉が二つ。背中には長いアンテナの付いた無線機があり、頭にはヘッドセットと防弾ゴーグルまで装備されている。そして輪になった吊帯(スリング)を肩掛けカバンのように斜めにかけて、銃身を短縮した突撃銃が吊るされている。各種機器が取り付けられているせいで、原型よりも大分大きく見えた。一見して魔法とは縁遠い、この世界の戦争屋の格好だ。
「ヴィエダーさんも知らない、この世界の簡易魔術師(インスタントマジシャン)です」
 首をかしげる四人は、とりあえず魔装具を装備した。
「この世界の魔法使いの起源は、もともとアルマニアでも迫害された弱い魔法使いだったそうです。ご先祖たちはそれでもとても強いアルマニア軍と戦わなければならず、試行錯誤の末にこういったこの世界の武器を取り入れた新たな形に進歩していきました。見た目はただの兵隊ですが、これでも列記とした対魔法使いの格好なんですよ」
 そう説明されれば、たしかに薫も高射砲に軍服という、魔法使いと縁遠い格好をしている。それにゆかもロケットブースターという機械で物理的な加速をして、魔法はあくまで補助としてしか使っていない。そう考えれば美鈴とシャルロットの二人をアルマニア式の古典とし、ゆかはアルマニア式現代魔法となり、薫と葉月はこの世界独自の魔法使いといえるだろう。
「ちなみに魔法機械を使って戦う魔法使いを混成魔術師(ハイヴリットマジシャン)と言いまして、お二方はこちらですね。わたくしのように最初から機械を使い、そこに魔法を込めて使うタイプを機械化魔術師(マシナリーマジシャン)と呼んだりします」
 楽しそうに笑いながら、突撃銃を操作して、初弾を装填した。
「それでは、みなさん。わたくしを殺すつもりでかかってきてくださいね。少しでも手を抜くと、逆に危険ですよ」
 葉月はにこりと笑みを浮かべた。そしてその瞬間、跳ね上がるように突撃銃の銃口が美鈴を向いていた。そして何のためらいもなく、引き金は引かれ、強烈な発射炎と共に弾丸が吐き出されていた。
 本人が理解するよりも早く、盾が顕現化する。着弾の衝撃が盾に走り、火花が散る。同時に弾けた弾丸から、不自然なほど大量の煙が上がり、一瞬で視界すべてが覆われた。薫は舌打ちして偵察機を全機出撃させる。
『ゆか、ここから離れて、対象A《パッケージ・アルファ》を上空から観測して』
 念波で薫が指示を出す。薫の本当の趣味は、オンライン対戦の一人称視点シューティングゲームである。それも海外のプレイヤーとしかやらないというヘビーゲーマーである。薫の家に遊びに行き、勝手に部屋を探索する悪癖があるゆかだけがそのことを知っている。
『美鈴、とにかく情報が入るまでは守りに徹するわ。相手はM4だし、普通の盾でいいから沢山出して。ゆかの進路はふさがないようにね』
『分かった』
 煙幕の煙にむせながら、美鈴が正面に盾を顕現させ防壁を展開していく。その最中、どこからか先ほどのとは違う軽い銃声が鳴った。飛び立ったゆかが悲鳴を上げる。
『みーちゃん!?』
 見上げた美鈴と薫が見たのは、美鈴の出した盾にぶち当たるゆかの姿だった。
「なんで!?」
『ヴィエダー!?』
 薫が尋ねようとして煙幕が張られた直後まで居たはずの場所を見る。煙幕が濃くて見難いが、それでもそこに誰もいないのは分かった。
「どこ!?」
 思わず叫ぶと、背後から手が伸びてきた。その手には、ナイフが握られている。ぞくっと寒気を覚えたが遅い。
「はい、おしまいです」
 背後からの声。青ざめさせた薫が恐る恐る後ろを見ると、微笑みを浮かべたままの葉月に抱きしめられていた。
 徐々に晴れていく煙幕。それと同時に美鈴とシャルロットがしっかりと後ろ手足にタイラップで縛られ、寝転がされているのが見えてきた。何か小さなバトンが襟元に差し込まれている。そして完全に気を失っているらしく、ピクリとも動かない。
 ゆかはなんとか安全に着陸したが、頭の鶏冠が折れ曲がっていた。
「それでは復習しますね。天沢さんは、今回の敗因は何かわかりますか?」
 すっとナイフが引っ込み、葉月が前に出てくる。
 ゆかは転がった二人を見て、荒い息を吐いてにじり寄る。
 反省箇所の多さに、薫は眉を潜める。いくら奇襲とはいえ、これではずぶのド素人と何も変わらない。
「敗因しか、ないです」
 その答えに葉月がにこりと微笑み、薫の頬を手加減なしで叩いた。音の割に威力は凄まじかったようで、薫はよろけてたたらを踏む。
「つまり、今あなたは三人の仲間を殺したことになります。分かりますね?」
 叩かれた頬を押さえて、薫は悔しそうに奥歯をかみ締める。
「念波で会話なんて、ありえません。技術のある魔法使いからすれば、拡声器でおしゃべりしているようなものですよ。アッガレッシオンに聞かれなかったのは、彼が油断していただけです」
 そしてまた今度は反対の頬を叩く。気丈に堪えるが、それでも薫は痛みと衝撃、なによりも悔しさで目を潤ませた。美鈴とシャルロットを抱き上げたゆかが心配そうに見つめる。
「煙幕を張られた時点で、偵察機を出したのは正解です。でも、それだけです。煙幕を張るとはすなわち攻撃するための準備です。防御をお嬢様だけに頼った。そしてわたくしの罠にかかった」
 音を立てて薫の頬が叩かれる。視線を下に向けて堪えようとするが、そうすると雫がこぼれそうになるので、まっすぐに葉月を見上げるしかない。目に見えて赤く腫れているのがわかった。
「先ほど、ヴィエダーさんから魔力は術者から世界に向けて、流し込んで行使すると聞きましたよね? なら強制的に魔力を流れやすくさせる技術が確立されないはずが無い。それで技術面では素人であるお嬢様は、顕現させる位置を違えさせることができる」
 また叩かれる。ついに薫の目から雫がこぼれる。悔しくて睨み返してしまう。
「ふふ、いい目です……」
 葉月は妖しい笑みを浮かべて、赤くなった薫の頬に手を添える。
「魔法使いの戦闘は、狸の化かし合いです。いかに相手を騙して、こちらが有利になるように動けるか。それが課題です」
 薫は頬をさする葉月の手に触れて、悔しくて熱の篭った目でもう一度睨んだ。
「もう一度、おねがいできますか?」
 やさしい笑みを浮かべた葉月は、むしろ小首をかしげた。
「わたくしに負けたままで、帰れると思っていたのですか?」
 美鈴とシャルロットの拘束がはずれ、葉月がするりと薫から離れていく。
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