第38話

文字数 2,064文字

 美鈴の屋敷に戻ると、四人は手当を受けてから宗孝の部屋に通された。
「さぁて……。どうしたもんか……」
 腕組みした宗孝は、気難しそうにつぶやく。
 四人は正座で宗孝の前に座り、各々疲弊しきった顔で彼を見つめていた。
「おじいさまは、ご存じだったのですか?」
「何を、だい?」
 気難しい顔の片方の眉だけをくいと上げ、じっと薫を見据えた。
 ただ見据えただけ。威圧されたわけでもないのに、その瞬間に薫は空気が重く感じた。
「美鈴の事と、ヴィエダーの事。あと、アッガレッシオンの事をです」
 宗孝はアッガレッシオンと対面したとき、彼の名を口にした。それはつまり元から彼の事を知っていなければできないことだ。
 薫の言葉に、宗孝は眉をひそめ口を開く。
「ああ。俺は、いや、うちの家系は、ずっと前から奴らアルマニアの押し込み強盗どもとかち合ってきた」
 それに一番驚くのは、当然美鈴だ。
「美鈴。本当はお前がもう少しでっかくなってから教えるつもりだったんだが、こうなっちゃ仕方ねぇ。全部教えよう」
 宗孝はゆっくり言い聞かせるように語りだした。
 逆泉の家系は、有史より前からこの国で異界からの訪問者の仲介をしていた。そもそも彼ら自体が流浪の異界人でもあった。
 そしてアルマニア現女王が即位し、彼らは本来世界は自分達のものであると云い、貸与していた領土の返還を全世界に要求してきた。それを拒んだ世界は武力をもって奪われた。最後の辺境である、美鈴達のいる世界にもその通達を寄越してくると。本来の故郷すらも忘れた美鈴の先祖はこの世界を新しい故郷とし、帝国に反抗した。
「もちろん、帝国にも女王に反抗する勢力はいる。それが、その子さ」
 宗孝がヴィエダーを見る。小さくうなずいた。
「お嬢さんたちを巻き込んじまった責任は、俺たち大人の責任だ。本当にすまねえ……」
 深々と宗孝が頭を下げた。
「いいえ、違います。私たちは、私たちの理由があってヴィエダーから力を借りました」
 確かな信念を持って薫が言った。それにゆかも同意してうなずく。
 顔を上げた宗孝は、目を閉じて非礼を詫び、裏表のない笑みを浮かべた。
「俺らよっか、お嬢さん達のがよっぽどできてるぜ」
 しかし、すぐに厳しい顔に変わる。
「でもな。自分たちだけ何とかしようと、するんじゃねぇや」
 室温が急激に落ちた。冷たい宗孝の声に、四人は身を凍らせる。
「もしもあん時、俺が遅れてたら、天沢ンとこのお嬢さん、アンタ死ぬ気だったろう?」
 ぎくりと薫は身をこわばらせた。
「俺はな、自己犠牲ってのが大ッ嫌ぇなんだよ。なんで大切な仲間が、自分の代わりに怪我しなきゃならねぇ、死ななきゃならねぇ。そうだろう? なんで助け合って、誰も傷つかないようにしねぇんだ?」
 諭すような声に薫は押し黙った。それについで美鈴とゆかも厳しい視線を薫に送った。
「天沢さんに何かあったら、わたしやだよ?」
 美鈴の声に、薫はぐっと押し黙る。
「もう、誰かが居なくなるのは、嫌です」
 ヴィエダーの言葉には、経験の重みがあった。ヴィエダーは仲間をすべて失い、この世界に逃げ延びたのだ。その目で何回も仲間が自分をかばい命を落とすところを見てきた。だからこそ、本当の意味を持つ言葉が言えた。
「だからな、俺達を呼べ。俺らはそうそうくたばらねぇ。大岡なんぞ、胸に三つも風穴空いてんのに生きてたからなぁ」
「だからあんなに傷だらけだったんだ……」
 美鈴が思い出したようにつぶやく。
「え!? みーちゃん見たことあるの?」
 ゆかが尋ねると、美鈴は小首をかしげて答えた。
「幼稚園のとき、一緒にお風呂入ったから」
 その瞬間、ゆかの表情が消え、コメカミに青筋が浮かぶ。
「ちょっと、席はずすね……」
 暗い声で言うと、ゆかは立ち上がった。慌てて美鈴が手を取る。
「ち、小さいときだよ! 最近は葉月さんとしか入ってないよ!」
 顔を赤くして訴えるが、ゆかは聞き耳を持たない。
「やっぱり、男のヒトは退治しないと……」
 美鈴を引きずったまま出て行くゆか。そしてその後微かに美鈴の逃げてという叫びと、大岡の悲鳴が聞こえた。屋敷が揺れる。
「まぁ、あいつは死なねぇからいいか……」
 宗孝は困ったような顔でつぶやいた。薫は頭を抱える。
「でだ、ヴィエダーさんよ」
 突然話しかけられ、ヴィエダーが驚く。
「は、はい?」
 そわそわと落ち着きをなくしたヴィエダーが姿勢を正す。
「お嬢さんたちを覚醒させたのは、アンタだろう? 説明はまだじゃないのかい?」
「あ、はい……」
 申し訳なさそうに眉尻を下げた。元々目じりも下がったやさしい目をしているヴィエダーがそうすると、見ていてかわいそうになるくらい反省しているように見える。
「じゃあ、そうだな。葉月!」
 口の横に手を当てて宗孝が呼ぶと、すぐに部屋に来た。
「お呼びでしょうか?」
 すっと座り頭を下げた葉月。
「お嬢さん方に初歩だけでも教えてやんな。たぶん、お前さんが丁度いい」
「私なんかじゃ、何もならないと思いますが?」
 怪訝な顔をした。
「裏の山で、ちょいとわけ知り顔してやりゃいい」
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