第44話

文字数 1,691文字

 すでに0時限目の時点で気づいている生徒もいたが、ショートホームルームが始まって、美鈴の斜め後ろに座っていた生徒が前に出て教壇に立った。
「今日からこのクラスに入ることになった、シャルロット・ディカーフトだ。ドイツの姉妹校から来た交換学習生だから日本語には不自由はない」
 紹介されたシャルロットは小さく頭を下げる。まだ真新しい制服が似合っていないが、ゆかは顎に手を当ててなかなかとつぶやいている。
「シャルロットです。おねがいします」
 見た目からは想像もつかないほど流暢に自己紹介したことで、クラスの子供達はおおと声を上げた。
 それからいくつか質問をされ、それに答えられる範囲で答えていった。元居たところの話は、説明されてもクラスのほとんどが分かっていないようだった。
 そして席に戻りホームルームが終わると、新しいものに敏感な子供達が、早々にシャルロットを取り囲んで質問責めにしていく。
 最初は順番に答えていたが、だんだんとエスカレートして答える間もなく飛んでくる質問に、ついに応対力を越えた。
「み、ミレイぃっ!」
 遠巻きに見ていた美鈴達に向かって助けを求める声をあげ、垣根を分けて美鈴に抱き付いて、分けもわからず泣いていた。ぶはとゆかは鼻血を噴き出して興奮する。
 最初はえっと戸惑った子供達だが、すぐに薫が説明した。
「シャルロットは今美鈴の家に下宿しているの。たしか遠い親戚、なんだっけ?」
 後半はでっち上げだが、経験の浅い子供をだますのには十分な説得力があったようだ。納得して、矛先が四人に向いた。
「ゲシュクって、じゃあ、今は逆泉さんの家に住んでるの?」
 好奇心をむき出しにしたクラスメイト達が、矢継ぎ早に質問を投げかける。案の定混乱した美鈴は、今にも泣き出しそうな顔でゆかと薫に助けを求めた。
 訪ねられた質問の殆どをなぜか薫が答え、ゆかはだらしのない顔で二人を抱きしめて頭を撫でている。
 つい昨日まで行われていた美鈴の家でのお泊り会とは名ばかりの、実際は葉月との戦闘訓練を終え、くたくたになって殆ど覚えていなかったが、確かに宗孝はシャルロットを美鈴の学校に転入させるとぼやいていた気がする。美鈴は眠っているも同然だったので、今朝初めて知った。
「そういえば、逆泉さん……」
 突然輪の中からシャルロットではなく、美鈴に話が振られた。飲食店で襲われた時、偶然居合わせた少女だ。
 顔を赤くして困り果てていた美鈴は、さっと血の気が引いた。あの状況を見られていたことを、いまさら思い出した。
「雫さん」
 唇を開きかけた現場に居合わせた少女、雫に薫がにこりと微笑みかけた。
「ちょっと、いい?」
 そういって有無を言わさず薫は雫を教室の外に連れ出した。
 一瞬無言になった教室が、すぐに美鈴とシャルロットに向けての質問でにぎやかになる。
「いつからゲシュクしてるの?」
「せ、先週の木曜日から」
「シャルロットさんの髪の毛って、それ染めてるの?」
「も、もとから、です」
「触ってもいい?」
「おさわりは百円からだよー」
「高いよ!」
「綿貫さんずっと抱っこしてるじゃん! 私も抱っこしたいよ!」
「二人はアタシのお嫁だからダメー」
「いいじゃん!」
「じゃあわたしも抱っこしてよ!」
「わたし、綿貫さんのおよめさんなの?」
「ぼ、ぼくもなんですかぁ!?」
「ぐふふ。ぼくッ()は希少価値だねぇ、かわいいよぉ、しゃーちゃん。みーちゃんはもうアタシのだから安心してねぇー」
「ってかアンタなんで二股なの! どっちかにしてよ!」
「早いもの勝ちですー。アタシは生まれる前から二人を愛してましたぁー」
 ブーイングの中でも、ゆかはお構いなしでふたりを抱きしめ、何度も頬擦りする。される側は顔を真っ赤にさせて今にも泣き出しそうだ。
 押し問答を続けていると、次の授業の教師が来たので、しぶしぶと席に戻っていく。
「じゃ、また後でね……」
 ゆかは体を引き裂かれているのではないかというほど悲痛な面持ちで二人を手放し、さりげなく頬に唇を当てて行った。教室中から怒号が聞こえたが、当人はそれどころではない。俯いて顔を隠していないと、恥ずかしくて死にそうだ。
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