AC8.13

文字数 1,186文字

 すでに鉄格子は視界に入っている。
 あとはそのまえに一歩踏み出すだけ、でもその一歩がはてしなく遠くそして重い。
 それはもちろん二人のことを話さなければならないのもある、だけど今はそれよりも姉さんを犠牲にしてしまったことのほうが大きい。だからといってあの子たちを助けたこと自体にまったく後悔はない、問題は姉さんの気持ちを勝手に決めつけたことだ。自分が倉庫でのできごとを話したとき父さんは姉さんなら許してくれると言った、でも実際のところはわからない。本当はどんなことがあっても生きたいと思っているのかもしれないし、あの子たちではなく自分のことを助けてほしかったのかもしれない。姉さんならという勝手な期待と父さんの言葉に甘えて、言ってみれば女の子を助けるという大義名分に見せかけた自己満足のために姉さんの命をつかった。
 でも、結局姉さんならゆるしてくれるとわかったうえでこういうことを考えている。
 時はあれから変わらず止まったまま。彼女も沈黙を保っている。テストは終わりおそらく残っているのは自分と姉さんだけ、彼女が嘘をついてまで自分を生き延びらせた理由――このテストの目的はいったい何だったのか。気になるのは気になるけど、それを考えたところでわかるのは作った本人だけ。いずれにしろ自分のやるべきことは最後の一歩を踏み出すことだ。それもその先には破滅が待ち受けていると知りながら。形容しがたい感情に蝕まれていく。しかし、これいじょう姉さんをひとりで待たせておくわけにもいかないし、永遠に終焉を迎えられないよりはいくぶんかマシだろう。そしてついにその時がきて、自分はおもむろになかば何かに誘われるように、姉さんのまえへ進み出た。
 姉さんはうつむいていた。その姿を一目見た瞬間、首を縄で締め付けられたかのように苦しくなり、自分は声をかけようにも言葉が出せなかった。
 やがて姉さんのほうで気配を感じとったのかゆっくりと顔を上げ、自分と目線を交わした。
「あ……」自分の喉から小さく声がもれたが、その先が続かない。
「大丈夫だよ、気にしないで」しかし、姉さんはほほえんだ。
「……ごめん」こらえきれず自分は涙を流しながら姉さんに謝った。「母さんも……父さんも…………姉さんだって、助けられたのに……」
「大丈夫、だれも責めたりしないからね」
 鉄格子を掴みうなだれる自分を姉さんは子どもをあやすように慰める。今すぐにでも姉さんのもとに駆け寄りたい。けれど残酷な選択の証がそれを阻む。唯一姉さんのもとに届けられる言葉も父さんの時と同じ過ちを繰り返している。
「最期に会えただけでもよかった」姉さんはやさしく本当にうれそうな声で言った。だけど「でも、もうちょっとだけ近くにいたかったね」最後にすこしだけ悲しそうに本音をもらした。
 顔を上げるとまた笑っている姉さんと目があった。
 そして、消えてしまった。
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