AC8.4

文字数 1,465文字

 倉庫は水を打ったように静まり返った。あっという間だった。それでいて長くもあった。何が言いたいのかというと、あれが精一杯だった。胸いっぱいにたまった張りつめた空気を吐き出すと、それが声を張りあげたかのように響いた……気がしてあわてて周りを見渡した。どこまでも静かだった。ほっとしてもういちどため息をついた。すると、どっと疲れが押し寄せてきた。何かがへばりついているような嫌な疲れだった。しかし、どんなに疲れようともこのまま突っ立ているわけにもいかない。とりあえずどのくらい時間が経ったのか確認してみたところ、背後から声をかけられたときからおそよ五、六分。本当にあっという間の出来事だった、改めてそう思う。時間を確認し終え時計から例の横たわっている鉄の塊へ視線を変えたところで彼女が声をかけてきた。
「これであなたが所持している鍵は一つになりました。それも失ってしまうと再挑戦ができなくなってしまうので気をつけてください」
 そんなことは言われなくても重々承知している。承知してはいるけれど他人からその事実を突きつけられると自分のしたことの重さが身に応える。ふいに暗い迷路が頭を掠めていった。自分はこの選択が正しかったのかすがるような気持ちで銃のもとへ歩み寄り、つまさきで触れるぐらいのところで立ち止まった。そしてすぐには手に取らず少しのあいだ真上から見下ろし、やがてしゃがんで銃身を掴んだ。すると、想像していた以上の重さが手に加わった。そのまま立ち上がり、引き金に気を付けながら色々と回して見てみた。おそらく本物だと思うけど問題は中身だ、引き金近くのボタンを押すと弾倉がするりと滑り落ち、その頂点で照明にさらされた鈍い金色が怪しく光を放った。
 おもわずつばを飲みこむ。恐怖が背中を駆け上っていくのと同時に胸をなで下ろした。あの時、ふいに思いついたのはこの銃を奪うことだった。あれだけの気持ちがありながら男性は引き金を引くのを躊躇していた、そのスキをつけば盗れる可能性があった。結局恐れをなして手を出さなかったわけだけど、この弾を見るかぎり正解だったと思う。かりに実行したとしてすんなりと奪えずもつれあいになっていたら、今頃この銃のかわりに自分が横たわり、弾は真っ赤に染まっていたかもしれないから。
 だけど、こんなことが何になるっていうんだ。ただ結果を自分の都合のいいように解釈しているだけなんじゃないのか。
 あの時だって、互いに後ろへさがった時だって、逃げようと思えば簡単に逃げられた。なのに、自分はあの人を助けた。いったいどうして? 自分や姉さんが作り物であるなら当然あの人も紛い物のはず、助けたって同じなんだ。それに助けたといっても渡したのは鍵一つだけで、手元に一つ残している。ここから全部を集めきるのが無理なことはここまでのことでわかっているのに、あの人を助けたかったのなら全て渡せばいいのに、何のために残したんだろう? 中途半端な延命でも図ろうとしていたんだろうか。
 もはや自分でも自分のことがわからなくなっている。支離滅裂な自分の行動に自分自身に失望し、どんな姿であれがむしゃらになれるあの人が羨ましかった。鈍い金色がわずかにぼやける。だけど、どれだけ嘆いたところで事態が好転するわけではない、むしろそうやってうじうじしていたら黙々と自分の進むべき道を進む時間を見てまた嘆くはめになるだけだ。自分は手の中にある銃身と弾倉を見て、念のためそれらを別々の場所に隠してから近くにあったパイプをひっつかみ、反対側の扉から出ていった。
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