AC8.12

文字数 1,705文字

 ――いま自分はふたたび十字路を通り過ぎた。
 しかし、今度は本当に時が止ってしまっている。それでも動き続けられる現状をみるに、やっぱり自分の読みはあたっていたらしく、こうなることが決まっていたようだ。
 あの時、この十字路を抜けてすぐ背後から震えた小さな声に呼び止められた。自分はその声を聞いて信じられないほど驚いた。それは声をかけられたことではなく、どんな人が後ろにいるのかわかったからだ。そこでなるべく怖がらせないように普段の感じを心がけてふりかえると、予想通りの人がそこに体を縮こませて立っていた。その子を見た瞬間、純粋に激しい怒りがわいた。その激しさはもしかしたら姉さんがつかまっていると知ったとき以上だったかもしれない。ところが女の子に自分の怒りが伝わってしまったのかおびえたように後退りをしたので、あわてて笑顔をつくり「どうしたの?」と尋ねたものの、完全に怖がらせてしまったらしくいまにも泣きだしそうな顔で口を一文字にして答えてもらえなかった。やらかしたと思いつつその場でしゃがみもういちどほほえんで声をかけると、女の子は我慢していたものが爆発したかのようにものすごい勢いで飛び込んできて、そのままわんわんと泣き出した。その時、父さんが自分と会ったときどんな気持ちだったのか少しわかった気がした。こんなときハンカチかティッシュでもあればと思いながら自分の服をかわりにしてしばらく、女の子が泣き止んだので話を聞いてみると、たどたどしくも友達がつかまっていること、鍵を一つももっていないことを話してくれた。そこで自分が全部もっていることそしてそれを使って友達を助けられることを伝えると、最初はよろこんだもののそれがどういうことなのかわかったようで「……でも」と遠慮しはじめた。が、自分が大丈夫と自信たっぷりに言うと安心したらしく受け入れてくれた。
 それで女の子に全てをさしだして立ちあがると、女の子の頭がちょうどお腹あたりにあった。こんな子までも利用するのかとまた腹立たしくなったのと同時に、こんなに小さくて怖い目にあっていながらも他人を思いやれることに心打たれた。その優しさに心が洗われるような気持ちになりながら女の子に友達の居場所を尋ねると、場所は姉さんとは反対のそれもそこそこ離れたところだったので、間に合うように女の子をおぶっていくことした。女の子は少しだけ照れたようすをみせてから背中に乗った。そして落とさないように気をつけ、女の子にもしっかりつかまっているようにお願いをして、走りだした。そうして走っていたわけだけど人ひとり抱えていたにもかかわらず足が止まることはなかった。それは女の子のあたたかさがあったからだと思う。道中ふいに女の子がぎゅっと抱きついてきて、落ちそうになったのかなと思い位置を直そうとしたとき、「ありがとう」とぽつりつぶやいた。その暖かい言葉に自分は泣きだしそうになるのをこらえるのにせいっぱいで頷くことしかできなかった。
 残り時間が十分を切ったころ、無事に友達のもとへたどりつき女の子をおろすと、二人はたがいに名前をよびあい、友達にいたっては泣き出してしまった。それもこんなところにひとりで閉じ込められていたら無理もないと思いながら、女の子に開けられそうか尋ねると「うん」とうなずいて鉄格子を開け、それから友達のもとにかけより拘束具も解いた。拘束具から解放された友達はすぐさま椅子から立ち上がり、二人は手を取り合って力いっぱい抱きしめ合った。その光景に胸が熱くなるのを感じつつも終わりが迫っていたため「ほら」と惜しみながら急かすと、女の子は振り返って「う、うん」と返事をし友達の手を取ってもう一つの鉄格子へと向かった。そしてその鉄格子を開けたところで女の子は振り返って「ありがとう」とまたお礼を言った。そのあとにつづいて友達もあわててお礼を言うと、ふたりはエレベーターの中へと消えていった。
 それと同時に時が止まった。しかし、自分の命は脈動し続けていた。いくら待てど自分はそこに居続け、彼女からなにかあるわけでもなく、静かなままだった。それならと自分はここに戻ってきた。
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