AC7.5

文字数 2,001文字

 そんなこんなで最初の小さな巣にとりかかる。前回のテストと違い複雑な構造になっていてあらかじめ進む場所を決めておくことができない。そのため逐一通れる場所を探しながら進んでいく必要がある。通る場所によってはかなりキツイ体勢を維持しなければならないだろうし、くわえて今は体の震えもあるからしっかりと気を引き締めていこう。全身に力を入れては抜きまた入れては抜き、つぎに小さく「よし」とつぶやいて気合を入れ、最後にもういちど最初に通るべき場所を見定め、赤い蜘蛛の巣に身を投じた。
 まずは足元で交差する二本の線と胸あたりを横に通っている線の間を、腰をおとし、上下の赤い糸に気を付けながら、右足から隙間に通していく。そして中腰のまま次の隙間を探していると、やはり体の震えが邪魔をしてくる。歯がカチカチと音をならし、肩ががくがくと振動し、歩いていたから気にならなかったけど、姿勢のこともあってか両膝が本当にわらっているようにぶるぶると震えている。抑えようと体に力を入れてもどうにもならない。心の中で汚い言葉を吐く。引き続きあたりを見渡して道を探したところ、自分から見て正面奥からこちらに左斜め下へ向かって走っている線と、足元の水平の線と、頭上を少し右斜め下へと横切る線の向こう側にほどよい空間を見つけた。そこも同じように中腰でとおって、その次は出口方面にある縦の二本線の間をとおって、そしてその次は――――。
 それを根気よく繰り返し、ようやく残りあと三分の一というところまできた。ここまで運よく震えで引っかかることもなく、それどころかもう震えはおさまってさえいる。しかし、疲労はあきらかに見え始めていてどことなく体が重いし、汗はバケツをひっくり返されたかのようにぽたぽたとこぼれ落ちているし、ずっと気を抜くことなく赤い光を見ているからか、時々自分がどの線を見ているのかわからなくなることすらある。気分転換のためにも思いっ切り体をのばしたいのを我慢して、次への道を探した。次は少々めんどくさく、足元を等間隔で横切る三本線と、頭上と横をてんでばらばらにはしっている線がつくる筒を通り抜けなければならない。でも、ここを抜けたら出口は目前。改めて気を引き締めたいところだけど、なんだか吐く息や言葉さえもかかってしまうような気がして、今回は心の中で済ませた。
 そしてまわりの光線に細心の注意を払いつつ右足をのばしはじめた。ひとつ、ふたつと足元で怪しく光る赤い糸を越えていき、最後の糸を越えたところで大丈夫そうなのを二度確認してから慎重におろしていく。やがて右足が地面に触れたので念のために数秒様子をみた。どうやらまだ罠にはかかっていないらしい。気が抜けた自分はついほっと息をもらしてしまった。あぶないあぶないと心で呟き、体を右足のほうによせて、残してきた左足を慎重に動かしていく。が、
「ハックション!」
 予兆もなく大きなくしゃみが飛び出た。そしてあっと思うも遅く、目を開けた時にはもう視界は閉ざされていた。
 しばらくの間、放心状態でそのまま動けなかった。やがて意識を取り戻し自分が何をしたのか理解し、ゆっくりと立ち上がってライターを取り出した。そしてカチッと音を鳴らすとオレンジ色の光がぼうっと、からっぽになった小さな空間を照らし出した。今のくしゃみでどこかにあたってしまったのだろう、しかし光線が消えただけで他になにも起こらない。不気味なほど静まり返っている。ねんのためにもう少し待ってみたものの相変わらずだったので、不安に思いながらもライターを消し向こう側の通路の入口へと向かった。すぐに入口に着いたが静かなまま。なにも起こらない以上はどうしようもなく、最後に真っ暗闇を振り返って、胸にしこりを残したまま、ふたたび壁に手をつけて先へ進んだ。
 それからしばらく真っ直ぐに歩いていくと、突如視界が真っ白に染まり、おもわず自分は呻いた。なにか明かりがついたらしいけど、暗闇に慣れ切っていた自分の眼にはあまりにもまぶしくそして痛い。長い間、その焼かれるような痛さとまぶしさと闘ってようやく薄目を開けられるぐらいには慣れたので、なにがあるのか見てみるとそこには見慣れた扉があった。目をこすったり、目を凝らしたりしても、消えることなく扉は佇んでいる。この光景、これまでの作りからするとこれで次の会場に到着なんだけど……。まさか逆に蜘蛛の糸に引っかかるのが正解だったという意地悪めいたことだったんだろうか、それとも次のしかけが待っているのだろうか。まったく予想ができない状況に見慣れたはずの扉がいままでになく不気味に見え、いいようもない不安に駆られ後ろを振り返った。しかし、そこにあるのは首から上を飲まれた自分の影だけだった。顔を戻しもう一度扉を見つめ、ゆっくりと近寄った。そしてノブに手をかけ、ひと呼吸待って、おそるおそる扉を開いた。
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