AC9.2

文字数 1,772文字

「私が生まれるよりもずっと前、とある企業が正式名称を『AccessChip』と呼ぶマイクロチップを発表した。『未来への入口』だとか『未来へAccess』などと安っぽい謳い文句だったけど、実際に初めて使った当時の人は本当に未来を感じたそうだ。
 AccessChip――通称『AC』は言ってみれば超超小型のコンピューターで人の体内に埋め込むことによって、それまでPCや携帯などの外部デバイスがなくてはできなかったことが、自分の身ひとつだけでできるようになった。
 例えば、いま君が見ていたように映像は直接視界に映し出すことができるため目を開けていても閉じていてもみることができ、メール、電話なども頭の中で思い浮かべるだけで文字も音声も相手に送れるようになったし、インターネットも同じように思うだけでできるようになった。もちろん声でも可能だけど。他にもお金や免許証などの書類、小説や学術書といった本など、挙げればきりがないほど多くの『物』が『電子化』され、身の回りのことのほとんどがACだけで済むようになった。しかし、人々の生活を大きく変えたACも最初は値段の高さや体内に入れないといけないことによる抵抗感からそれほど普及しなかった。けれど、やっぱり自分たちの思い描いていた未来が現実のものとなると味わってみたくなるのが人間の性で、使用者が増えるにつれてその便利さがさらに周知され、ついには義務化されるにまで至り、現在赤ん坊からお年寄りまで全ての人の中にACが存在している。
 ――ここまでは問題ないよね?」
「ええ、まあ」今更説明されるようなことではないのでそう答えた。
「そうして全ての人が日常の様々なことにACを使いだしたことで、あることがより簡単にできるようになった。それは個人情報の収集だ。まあそれ自体AC以前から当たり前に行われているから驚くようなことではないけど。君もそれを承知の上で使っているだろ?」
 私は頷いた。
「自分の情報が抜き取られていることを多くの人は知っているはず。しかし、それはあくまで漠然としたもので、実際にどんな情報をどの程度あつめているのかを知っている人はあまり多くない。それでも使い続けるのはやはりその利便性に依存しているからだろう。人間いちど楽を味わってしまったらそこから中々抜け出せないし、そもそも生活を便利に快適にしたいという欲を叶えるために作られたものだ、そんな物が実際に手に入ったら手放せる人間はそうそういない。君もいまさらACのない生活に戻りたいとは思わないだろう?」
 私は特に否定はしなかった。
「まあ、なくそうにももう社会がそれを前提として成り立ってしまっているから今更巻き戻すことはできないけれど。とにかくそういうふうにしてACは人々の中に深く根付いている。そこで話をちょっともどして――――では、ACはどういった情報をどれくらい集めているのか、君はわかる?」
 また総一から質問が飛んできたが、あらためて問われると私自身これまであまり深く考えたことがなかったので、これを機会に真剣に考えてみることにした。
 私が日々の生活の中でACを使っている状況を思い返してみると、本当に多くの場面で使っていることがわかる。というより使っていない時間をあげたほうがはやいくらいだ。朝起きるときの目覚ましから始まって、身支度に出勤、仕事中も休憩中も、それから家に帰って食事を作っている時も食べている時もお風呂に入っている時も、そして寝ようと布団に横になってからも、総一の言った通り多くのことが電子化されACに集約されているため、ほとんど二十四時間なんらかの形でACを使用している。現在だけでなく過去を振り返ってみても同じように二十四時間毎日、遊ぶ時も勉強する時も、怪我や病気をした時もあらゆることでACの恩恵を受けている。その中から得られる情報は無数にあり、せめて目的さえわかれば見当もつけられるが、ありすぎてこれといったものが思い当たらない。そのため「……わからないです。使っている状況が多すぎて」と答えた。
「まあ、そうだろうね」とわかりきっていたと言わんばかりの態度のあと、総一は「答えは全てだ」と自慢げに言った。
「全て?」
「そう、全部」
「……というと?」
 わかるようでわからなかったのでさらに聞き返すと、総一は笑った。
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