AC7.1

文字数 2,319文字

 三つ目の扉を開けて次の会場に入った。会場はコンクリートづくりの教室と同じぐらいの広さの部屋で、中央には机が二つ並んでいてごほうびを思い出させる白い箱がその上に一つずつ置いてあった。しかし、鍵が入っていたのと比べるとこちらのはだいぶ大きい。まったく予想がつかないまま、いつも通り部屋の真ん中――箱が置いてある場所まで進んだ。すると彼女が話し始めた。
「さっそくで申し訳ないのですが、説明のまえに目の前にある二つの箱からひとつ選んでください。その際、箱や机にはさわらないようお願いします」
「選んでもテストは始まらないんですよね?」
「はい」
 いきなり出された指示に戸惑いを覚えつつ、どちらを選ぶか決めるため観察をはじめた。
 箱の大きさはおよそ三十センチぐらいで、周りをぐるりと回ってみても鍵のと同じように模様や印があるわけでもなく、耳を近づけて音を探ってみても、においを嗅いでみてもなにか手がかりになりそうなものはなかった。結局さわることができない以上、運に頼るしかなさそうだ。
「運か……」自分はそう呟いた。
 頭の中でなにかが主張してくる。その声を聞かないふりをして、どっちにするか迷った結果、右の箱に決めた。理由は特にない。
「右の箱にします」彼女に選んだ箱をつげると、
「ではその箱を開けてください」と返ってきた。
 右の机に近寄り水とチョコを箱のそばに置いて箱の上あたりにふれた。すると一部が指にひっかかりわずかに開いた。いったいどんなものが入っているのかドキドキしながら、その隙間に指を入れふたをもちあげ中をのぞくと、底のほうにライターがさびしく一本だけ置かれていた。予想外の中身にガッカリしながらライターを手に取り、室内の明かりにさらす。液体が満杯になっている半透明の胴体に銀色の頭を持つ、どこにでも売っている安物のライターだ。さっそく銀色の頭に親指をかけて撃鉄のように引くと、カチっという音とともにボッとオレンジと青色の火がついた。何の変哲もない普通のライターだ。よけいな燃料をつかわないように親指を離すと、それにあわせて彼女が話しはじめた。
「そのライターのことを含め、三つ目のテストの説明をはじめますが大丈夫でしょうか?」
 特になかったので返事をし、説明をはじめてもらった。
「三つ目のテストは簡単に言うと迷路になります。制限時間はなく、ただ出口である四つ目のテスト会場にたどり着くことができれば合格となります。しかし、迷路の中にはいくつかしかけがありますのでくれぐれも気をつけてください。そして一度迷路に入ってしまったら、出口にたどり着くか、仕掛けに失敗するか、あるいは続けるのが不可能な状態になるまで出ることができません」
「……それじゃ合格するまで次には行けない、ということですか?」
「いえ、この部屋にいるときになら棄権できます」
「あと、その続けるのが不可能な状態というのは具体的にどういうことなんですか?」
「あくまで例としてですが、出口にいっこうにたどりつくことができず肉体的に限界がきて動けなくなってしまった場合などです」
「……わかりました。続きをお願いします」
「では……あなたが持っているライターは迷路を進むのに役立つものになっていますが、燃料がなくなったりライターをなくしてしまったりした場合、新品と交換することはできません。使えるのはそれ一本だけです。これで説明は以上ですが、なにか質問はありますか?」
 三つ目のテストの説明も終わり恒例の質問の時間に入った。ここまでの話を聞いて気になることは二つ、他にもあるにはあるけど、どんなしかけがあるのかだったり、どのくらいの広さなのかだったりと、答えてはもらえなさそうなものばかりなので、その二つを聞くことにした。
「ちなみになんですが、そっちの箱の中身って見ることはできますか?」
「すみませんがそれはできません。故意に見た場合は即失格となりますので気をつけてください」
「……わかりました。それとこのペットボトルとチョコを迷路内に持ち込むことは可能なんですか?」
「そうですね……まあ、それなら持ち込んでも大丈夫です。他にはありますか?」
「いえ、とりあえず今ので最後です」
「では先ほどお伝えした通り、このテストはいつでも好きな時に始められるものなので、それまでは遊ぶなり運動するなり休憩するなり好きにしてもらってかまいません」
 そこで彼女がいつも通り立ち去るのかと思いきや、妙な感じで黙っている気配がしたので気になり尋ねた。
「どうしたんですか?」
 するとためらいがちに彼女は言った。
「最後に一つだけ、このテストは諦めなければ絶対に合格できるようになっていますので、何度も挑戦してぜひとも最後のごほうびも手に入れてください。それではもしなにかあったら私を呼んでください。失礼します」
 そして彼女は去っていった。彼女の珍しい物言いによけいな不安が顔をもたげるが、とりあえず休憩をしたいので考えるのはよして、ライターをしまい机に置いてあるペットボトルとチョコを取り、選ばなかった箱を横目に正面の扉ではなく背後の扉へと向かった。扉についたとき、ふと気になったので開けその先を覗いた。しかし、もはや見なれた光景があるだけだった。その光景に、いったい自分はなぜこんなことをしたのか、と首をかしげたあと頭を引っ込め扉を背もたれにして座った。
 それからしばらく、水をちびちびと飲んではチョコをひとかけらずつに割って食べて、テストのことを考えるようで考えずにだらだらと過ごしていたら、ふいに二つ目も鍵をもらったことを思い出したものの、今はなにか考える気もなくただ休みたかったので、そのことは忘れておいた。
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