AC9.9

文字数 1,113文字

「……でも、もしその望みがかなったとしてもそれはただの作り物です。所詮そうなるように作られた紛い物です。決して生きているわけじゃない…………そんなもので幸せになんか……幸せになったって……」
 こんなこと言えた立場ではないのかもしれないが、たとえつらくとも苦しくとも幸せは現実だからこその幸せだと思う。空想で満たされても虚しいだけだ。それこそからっぽだ。
「紛い物……か」
 すると、総一はボソッと呟いた。
「え?……」。
「いや、私の幸せを偽物だと言った君の幸せは、はたして本当に本物なのかなと思って」
「それは――――!」
 言いかけて、何を言いたいのか理解した。
「いや、まさか……そんなこと」私は否定しようとした。が、ACの存在がそれを阻む。
「私がなにを言いたいのかわかったようだね。でも一応言わせてもらうと、君が作られたものじゃないとどうして言えるんだ? いま君がいるこの世界が、いま君が考えている、思っている、感じていることがさっき君が見ていたのと同じような作られたものでないと何を根拠に言っているんだ?」
 私はこの呪縛から逃れようともがき続けた。しかし、振り払えない。その可能性をどうしても考えてしまう。
「根拠なんてない、ただ君がそう思っているにすぎない。それは生きているだとか、幸せだとかいうのも同じだ。たとえ贅沢な生活をしていても貧しい日々を送っていても、不幸だと思っているなら不幸で幸せだと思っているなら幸せなんだ。しかも、そんな思いもちょっと小突かれただけで簡単にひっくり返ってしまうことすらある。ささいなことで動揺し転覆してしまうようなものの上で人は生きているんだなどと言っているんだ。肝心なのは客観的事実ではない、そう思っているかどうかだ。なら、そう思わせればいい。相手も自分も」
 ふたたび重苦しい静寂に包まれた。私はなお離すまいと絡みつく魔の手を追い払う手段を探し続けていたが、もうすでにそれは私自身ではどうしようもないほど深くに潜り込んでしまっている。私は抗うのをあきらめ、おもむろに口を開いた。
「…………こんなことを聞くのはどうかと思うんですが、本当にそれでいいんですか? あなたの言う通りこの世界もまた作り物なのかもしれません。かりに本物だとしても人も現実も良くはならないのかもしれません。ですが、だからといってそう簡単に捨てられるものじゃないと思うんです。それはあなただって…………本当にこれでいいんですか?」
 そう言う私の脳裏には、両親ともう一つ別の顔が浮かんでいた。
 対して総一は珍しく言うべきかどうか迷っているのか口元をかすかに歪め苦悶の表情を浮かべていた。しかし、やがて唇を震わせながら話し始めた。
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