AC4.4

文字数 1,976文字

 ――それから休憩を挟みつつ理科、歴史と二つのテストを終え、今は結果が発表されるのを待っているところだ。手ごたえとしては十分に合格できる自信はある、それでもやっぱり結果を待つこの時間は緊張する。心臓が出してくれと訴えかけているかのように内側から激しく叩いている。今だけ時間が急激に早くなったようでまだかまだかと彼女を待ちわびていると
「お待たせしました」彼女が戻ってきた。「さっそく結果を発表したいと思いますが大丈夫ですか?」
「……はい」
 一瞬にして自ら突き破って出てきそうなほど鼓動が大きくなり、机の影で組んでいる手がもぞもぞと落ち着かない。おもわずつばを飲みこむ。しかし、彼女はまだ口を開かない。もったいぶって自分を焦らしているのか、なんにせよさっさと発表してほしい。そこで「まだですか」と聞こうと口を開きかけたその時、
「おめでとうございます。合格です」と彼女がついに言った。
 自分は出かかっていた言葉を飲みこんだ。なんだかいたずらに待たされたようですこしムッとしたけど、結果がよかったからよしとしよう。ただ、なんとなくさっきから自分がなにか言おうとするたび、彼女がちょうどよくかぶせてくるような気がする。たまたまなのか、考えすぎなのか、それとも……。
「もしご希望でしたら点数を見られますが、どうしますか?」考え事をしていると彼女が尋ねてきた。
 今のが偶然だったのかどうか、部屋でのことがあったから気になるけど確かめる術は自分にはないので、この異常事態でもどのくらい実力が出せたのか知って励みにでもなればと点数を見せてもらうことにした。それで渡された答案用紙を見てみると、数学と理科は九十点以上、歴史は八十点以上で思っていたよりもできていた。特に九十点台をとれたのは状況とか無関係に嬉しい。それに彼女の言う優しさがこのぐらいなら残りの二つもかなり希望が持てる。しかし八十点台と高得点をとれた歴史だけど、正解を見てもこんなんだったかなと納得いかない箇所がいくつかある、そこが結構自信のあったところだからなおさら。自分が確認できないのをいいことにバツをつけているんじゃと心の中で彼女を訝しんでみる。まあ自分の記憶違いだろう。正しいと思っていたことが実は間違いだったなんてことは意外とあるものだから。
「これで一つ目のテストが終わりましたが、ちょっとは私のことを信用してもらえましたか?」
 ほっと一安心して顔がほころんだところに彼女が話しかけてきた。
「最初の部屋で言った通り、あとのテストもこれとおなじようにちゃんと合格できる難易度になっていますので安心して挑んでください」
 おもわずしかめっ面をした。どの口が安心なんてことを言っているのか、かりに首謀者じゃないとしても加担している人間に言われたくはない。ただそんな不満を抱いてもなにか彼女の鼻を折れる上手い言葉があるわけでもなく、言ったところで所詮負け犬の遠吠えにすぎず、自分は諦めてその不満を心の片隅に押し込んで話題を変えることにした。
「そういえば合格すると何か貰えるんでしたよね。それはいつ貰えるんですか?」
「そのことですが、すこしだけ準備が必要なのでこの部屋で待ってもらうことになりますが大丈夫ですか?」しかし、彼女は気にする様子もなく自分の質問に答えた。
「……わかりました」
「ついでに飲み物やパンやお菓子などちょっとしたものであれば用意できますが、どうしますか?」
 準備を待っているあいだは何をしようかなと考えはじめたところへ、彼女から思わぬ申し出があった。そしてその申し出はかなり魅力的だった。いくら問題自体が簡単だったとはいえ、その重圧はいつもとはくらべものにならないほど重く、終わってみると結構な疲れを感じていて何か口にしたいと内心思っていた。そんなところへ彼女からこの提案だ。のどから手が出る思いだけど、はたして欲望のままにもらっていいものか。お腹の中のうなりごえと話し合っていると
「毒や薬を入れるなんてことはしませんから大丈夫ですよ。そんなことをしたらわざわざ来てもらった意味がないですからね」自分の警戒心を感じとったのか彼女がおだやかな声色でさとすように言った。
 普通に考えたらそのはず。でも今は普通の時じゃない。ひとを誘拐して監禁してそれだけでは飽き足らずくだらないことをさせる人なら、気まぐれに毒や薬を盛るのも十二分にありえる。そう頭の中で考えていながら、やっぱり半分は彼女のことを無根拠に信頼している自分がいる。欲望と理性と盲信に囲まれ、しばらくのあいだあれこれ頭を悩ませて
「……今は大丈夫です」
 結局、断った。さすがにこの状況で食べ物をもらうのは冒険がすぎる。
「……そうですか」すると、彼女は本当に残念そうな沈んだ声で言った。「では準備のほうをしてきますので少々お待ちください」
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