出会いは一瞬
文字数 4,520文字
地元を遠く離れた大学での、キャンパスライフが始まったばかりの天海 珊瑚 は浮かれていた。
「つらくなったら、いつでも帰っておいでね」
入学式で感極まっていた母親はそう言って涙ぐんでいたが、心配無用だと思う。
オシャレワンルームで念願のひとり暮らし。
憧れた都会はどこへ行っても楽しげで、活気ある空気に包まれている。
雑誌で見たあの店もこのイベントも、行こうと思えばいつでも行ける距離にある高揚感。
そのなかで一番のお祭り騒ぎを見せているのが大学で、入学式から一週間ほどはサークルの勧誘合戦に巻き込まれて、まともに歩けないほどだった。
「お、カワイイ子発見!うちのサークル入らない?」
「見学だけでもおいでよ!」
超モテ期でも来たのかと、舞い上がってしまいそうなほど声をかけられた。
◇
語学クラスで仲良くなったミヤコが大教室に入ってくる姿が見えたので、珊瑚 は片手を振って合図を送る。
「席ありがと。この講義終わったら、今日もサークル説明会行くの?」
「うん。こないだ管弦楽にも行ったんだけど、規模が大きすぎてさ。今日はアンサンブルバンドのサークルと、もう少し小さめのバンドの見学に行くつもり。ミヤコちゃんは天文サークルに入ったんだっけ」
「取りあえず仮入部だけね。珊瑚 ちゃんがやってるのってサックスだっけ」
「そうそう、アルトサックス」
「え、天海 さんサックスやってんの?かっこいいねぇ」
後ろに座っている、やっぱり同じ語学クラスの男子が珊瑚 の背中を突 いた。
「ただ好きなだけだけど、ありがと」
と謙遜してみたが、腕には結構自信がある珊瑚 だ。
高校最後の定期演奏会も含め、ソロパートを任されることが多かったのだから。
授業終了後、サークル紹介誌を片手に小規模バンドの部室を訪ねてみると、ドアには鍵が掛けられていて室内は暗い。
ルームプレートをはがした跡もあるし、幽霊サークルらしきニオイがプンプンしている。
せっかく来たのにと落ち込みながら、次にアンサンブルバンドの部室を探し当てると。
すでに10人ほどの新入生が、明るく広い部室に集まっていた。
棚に置かれた楽器もきちんと整理されていて、これは期待できるとワクワクする珊瑚 の視界に、ひとりぽつんと座っている男子学生が飛び込んでくる。
(わぁ、いい体してるコだなぁ。スポーツ推薦組?兼部とかしたいのかな)
均整の取れた体格の男子学生に気を取られながら、珊瑚 が一歩部室に足を踏み入れたとき。
「じゃあ、見学の人はちょっと集まって。……リーダーの、経済学部3年の外波山 です。さっそくだけど、右側に座る人から自己紹介してくれる?入部するしないに関係なく、これも何かの縁だから」
新入生を取りまとめていたひとりの上級生が声を張り、指名された、あの男子学生がすくっと立ち上がった。
「商学部のキバノです。トランペットをやっています」
(え、同じ学部?!……スポーツ推薦じゃないんだ)
あんなに背が高くて、アスリートみたいな体型をしてるのにと、予想が外れた珊瑚 の目が丸くなる。
「ん?キバノ……。もしかして、”ようすけくん”?」
じぃっとその1年生を見つめていたリーダーの目が、懐かしそうな色を浮かべた。
「はい。えーっと外波山 先輩、はトランペットですか?」
「そうなんだよ!安心院 、雪下 先輩って覚えてる?俺たちが1年のときに4年だった。あの人の後輩君だよ、だろ?」
リーダーの隣に座るサブリーダーの3年生の目が、メガネの奥で大きくなる。
「ああ、ゆっきー先輩か!カワイイ人だったよなぁ。ふわふわの見た目なのに告白ぶった切るんで有名だったけど、デートまでこぎつけた人っていたんだっけ」
「もう座っていいですか」
ぶっきらぼうな「キバノ」の声に、リーダーとサブリーダーがはっとした顔を同時に向けた。
「ごめんごめん、つい懐かしくなっちゃって。キバノ君はこのまま入るなら、あとで一緒に演奏していかないか?体験のための楽器もいくつか用意があるし、雪下 先輩が絶賛してた、”流れるようで芯がある”トランペット、聞かせてくれよ」
「……はい」
「目を奪われる」なんて、ただの大げさな表現だ。
そんな衝撃的なものが、あるはずがない。
ずっとそう思っていた珊瑚 だが、いつしかその目は「キバノ」に釘付けになっていた。
整ってはいるけど、表情がなくてつまらない顔だと思っていた「キバノ」が浮かべた、照れた笑顔に。
とたんに幼くなった雰囲気のギャップに。
そうして、ただ見学するだけの気持ちでいた珊瑚 ではあるが、同じ商学部の「キバノ」のトランペットを聞いて、すぐに入部を決めていた。
「流れるようで芯がある」音に、乞われて演奏した「小さな恋のうた」に心を奪われてしまったから。
(トランペットって、こんなに甘い音を出せるんだ……)
残っていた新入生、そして説明会に参加していた上級生たちも、押し黙って「キバノ」の演奏に耳を傾けている。
マーチングに欠かせない楽器だなぁ程度の印象しか持ってなかった珊瑚 にとっては、衝撃的ですらあった。
その後、入部を決めた新入生たちと上級生たちが、軽くセッションを楽しんだあと。
「学部も同じだね。天海 珊瑚 です。これからよろしく」
入部届を提出した珊瑚 は、同様の手続きを終えた「キバノ」に手を差し出したのだが。
「……木場野 羊介 。よろしく天海 さん」
気がつかなかったのか、無視したのか。
木場野 は珊瑚 の手を取ることもなく背を向けて、あっさりと部室を出ていってしまった。
「待って待って!今日、夕方から歓迎会やってくれるって。木場野 君も行く?二外は何を取ってるの?経済学はどっちの、」
「今日は行かない。用があるから。実家通いで遠いし」
追いかけた珊瑚 の質問攻勢の途中で、めんどくさそうな木場野 の声が返ってくる。
「へぇ、どっから来てるの?」
「聞いてどうすんの」
「え?ほら、こっちでひとり暮らし始めたばっかだから。そっちの地元のいいところとかあったら、案内してくれたら嬉しいかなって」
「べつに、案内するほどの街じゃねぇし」
端正な不愛想に戻ってしまった木場野 は、「お疲れ」の一言を残して去っていった。
(え、あれ?)
あまりの塩対応に、何か気に障ることでもしてしまったのかと思ったが。
どう考えても、気に障るほどの会話もしていない。
そこそこ男子に人気があったのにと軽い衝撃を受けたはしたが、あのトランペットを聞いてしまったあとでは、それさえ硬派なカッコよさに変換されるから不思議だ。
同学部のサークルメンバーでイケメン。
身長もトランペットの技術も高い。
これまで付き合ったカレシたちなど、霞んでしまいそうなスペックだ。
絶対にカレカノになりたい。
そう決意した珊瑚 の心に火が灯った。
◇
1年生は必修科目が多いので、木場野 羊介 と重なる授業は多い。
これはもう、木場野 と親しくなるのは時間の問題だなと、高をくくっていた珊瑚 ではあったが。
「おはよう、木場野 君。隣いいかな」
大教室で、真ん中の列の端に座る木場野 に珊瑚 が声をかけると、一緒にいたミヤコが肩を寄せて耳打ちしてきた。
「すごいカッコイイ人だね!カレシ?いつの間にっ」
「カレカノに見えちゃう?」
それは軽いじゃれ合いをしかけただけのつもりだったのに。
「名誉棄損で訴えるぞ」
「え」
斜め上の返答をした木場野 が、かったるそうに珊瑚 を見上げた。
「め、名誉棄損?」
「公然と事実を摘示 して、人の名誉を毀損した場合に成立ってやつ」
「知ってるけど。……なによ、私がカノジョだと、木場野 君の名誉に傷がつくわけ」
「ただの知り合い程度でカノジョ認定するなら、何人その枠に入るんだよ。とんだセイウチ野郎じゃねぇか。ハーレムなんかにゃ興味ねぇし」
たたみかけるように言い放つと、木場野 は乱暴に荷物をまとめて立ち上がった。
「ここ座る?そうぞ、ふたりで座れば」
「ただの冗談でしょ。フツー軽く流さない?」
むっとする珊瑚 に背を向けて、木場野 が大教室の階段を下りていく。
「誰のフツーだよ」
振り返りもせず歩き去る木場野 を目で追っていたミヤコが、呆れたため息をついた。
「カッコいいけど、なんか失礼な人だね」
「でも、そこが良くない?」
珊瑚 は木場野 が座っていた席に腰掛けると、ミヤコにステキな笑顔を向ける。
「誰にでもあんな調子だし、基本、ひとりでいることの多いコだからさ。夏合宿で、もうちょっと仲良くなって、名前で呼び合うのが目標!」
「目標が低い!カレカノじゃなくていいの?」
「いや、それがさ」
バッグからテキストを取り出した珊瑚 は遠い目になった。
「こないだ、うちのサークルの文学部のコがさ、いきなりカノジョ狙い宣言して、名前呼びしたんだよね。”ヨースケくぅ~ん”とか言って」
「”くぅ~ん”?おなかが痛い子犬かな?」
「まったくね。そしたら木場野 君が、”ここって合コン会場だった?真面目に演奏する気がないなら帰れば。それとも俺がやめればいいワケ”って言いだして」
「皮肉がキツイけど、気持ちはわかる。真面目に活動したい、ほかの人にも迷惑だよね」
「木場野 君のトランペットってレベルが段違いで、だから、周りが慌てちゃってさ。もちろん、2年の先輩とか取りなしたよ?冗談半分の、ホメ言葉として受け取っておけばいいじゃないのって」
「まあ、フツー冗談でおしまいだよね。さっきのも含めて」
「そう思うんだけど、木場野 君ってば”気持ちに応えられもしないのに、いい加減に受け取るほうが失礼じゃないですか”って」
「あー、それであの態度か。ふぅん、なるほど。無礼で不器用すぎとは思うけど、誠実ではあるんだ」
「あとね、”親しくもないのに、名前を呼ばれるのは好きじゃない。二度としないっていうなら、なかったことにする”って」
「ちょっと偏屈っぽいな」
「うん。でもさ、孤高の一匹狼みたいでカッコよくない?名前呼びを許されたら特別ってことだから、まずそっからだよね」
「珊瑚 ちゃんは木場野 君?の、どこに魅かれたの?トランペット?」
「いや、ぶっちゃけ超イケてるでしょう?サークルの1年で固まって歩いてると、木場野 君って、よくチラ見されてるし」
「結局そこかぁ」
苦笑いしているミヤコの向こうで、一列空けて座り直した木場野 が、スマートフォンをいじっている。
誰かとメッセージでもやり取りしてるのか、時おり「ふっ」と吹きだすように笑っているのも珍しい。
とたんに幼く柔らかい雰囲気になるのは、あの初対面のときと同じで、珊瑚 の胸はキュンと音を立てた。
基本、表情の動かない木場野 があんな顔をするなんて、よほど親しい友人なのか。
(……いいなぁ。あのイケボで”珊瑚 ちゃん”とか呼ばれたら、萌えるなぁ~)
「ほら、授業始まるよ」
「え?」
ミヤコの肘打ちで現実に戻った珊瑚 が目を上げると、大教室の前では、教授がプロジェクターの準備をしていた。
「ありがと」
小声で礼を伝えてふと視線を向けると、いつの間にかスマートフォンをしまった木場野は、いつもどおりのスンとした真顔に戻っている。
(このギャップ、たまらんっ)
脳内の煩悩などは決して表には出さないようにして、珊瑚 はノートを開いた。
「つらくなったら、いつでも帰っておいでね」
入学式で感極まっていた母親はそう言って涙ぐんでいたが、心配無用だと思う。
オシャレワンルームで念願のひとり暮らし。
憧れた都会はどこへ行っても楽しげで、活気ある空気に包まれている。
雑誌で見たあの店もこのイベントも、行こうと思えばいつでも行ける距離にある高揚感。
そのなかで一番のお祭り騒ぎを見せているのが大学で、入学式から一週間ほどはサークルの勧誘合戦に巻き込まれて、まともに歩けないほどだった。
「お、カワイイ子発見!うちのサークル入らない?」
「見学だけでもおいでよ!」
超モテ期でも来たのかと、舞い上がってしまいそうなほど声をかけられた。
◇
語学クラスで仲良くなったミヤコが大教室に入ってくる姿が見えたので、
「席ありがと。この講義終わったら、今日もサークル説明会行くの?」
「うん。こないだ管弦楽にも行ったんだけど、規模が大きすぎてさ。今日はアンサンブルバンドのサークルと、もう少し小さめのバンドの見学に行くつもり。ミヤコちゃんは天文サークルに入ったんだっけ」
「取りあえず仮入部だけね。
「そうそう、アルトサックス」
「え、
後ろに座っている、やっぱり同じ語学クラスの男子が
「ただ好きなだけだけど、ありがと」
と謙遜してみたが、腕には結構自信がある
高校最後の定期演奏会も含め、ソロパートを任されることが多かったのだから。
授業終了後、サークル紹介誌を片手に小規模バンドの部室を訪ねてみると、ドアには鍵が掛けられていて室内は暗い。
ルームプレートをはがした跡もあるし、幽霊サークルらしきニオイがプンプンしている。
せっかく来たのにと落ち込みながら、次にアンサンブルバンドの部室を探し当てると。
すでに10人ほどの新入生が、明るく広い部室に集まっていた。
棚に置かれた楽器もきちんと整理されていて、これは期待できるとワクワクする
(わぁ、いい体してるコだなぁ。スポーツ推薦組?兼部とかしたいのかな)
均整の取れた体格の男子学生に気を取られながら、
「じゃあ、見学の人はちょっと集まって。……リーダーの、経済学部3年の
新入生を取りまとめていたひとりの上級生が声を張り、指名された、あの男子学生がすくっと立ち上がった。
「商学部のキバノです。トランペットをやっています」
(え、同じ学部?!……スポーツ推薦じゃないんだ)
あんなに背が高くて、アスリートみたいな体型をしてるのにと、予想が外れた
「ん?キバノ……。もしかして、”ようすけくん”?」
じぃっとその1年生を見つめていたリーダーの目が、懐かしそうな色を浮かべた。
「はい。えーっと
「そうなんだよ!
リーダーの隣に座るサブリーダーの3年生の目が、メガネの奥で大きくなる。
「ああ、ゆっきー先輩か!カワイイ人だったよなぁ。ふわふわの見た目なのに告白ぶった切るんで有名だったけど、デートまでこぎつけた人っていたんだっけ」
「もう座っていいですか」
ぶっきらぼうな「キバノ」の声に、リーダーとサブリーダーがはっとした顔を同時に向けた。
「ごめんごめん、つい懐かしくなっちゃって。キバノ君はこのまま入るなら、あとで一緒に演奏していかないか?体験のための楽器もいくつか用意があるし、
「……はい」
「目を奪われる」なんて、ただの大げさな表現だ。
そんな衝撃的なものが、あるはずがない。
ずっとそう思っていた
整ってはいるけど、表情がなくてつまらない顔だと思っていた「キバノ」が浮かべた、照れた笑顔に。
とたんに幼くなった雰囲気のギャップに。
そうして、ただ見学するだけの気持ちでいた
「流れるようで芯がある」音に、乞われて演奏した「小さな恋のうた」に心を奪われてしまったから。
(トランペットって、こんなに甘い音を出せるんだ……)
残っていた新入生、そして説明会に参加していた上級生たちも、押し黙って「キバノ」の演奏に耳を傾けている。
マーチングに欠かせない楽器だなぁ程度の印象しか持ってなかった
その後、入部を決めた新入生たちと上級生たちが、軽くセッションを楽しんだあと。
「学部も同じだね。
入部届を提出した
「……
気がつかなかったのか、無視したのか。
「待って待って!今日、夕方から歓迎会やってくれるって。
「今日は行かない。用があるから。実家通いで遠いし」
追いかけた
「へぇ、どっから来てるの?」
「聞いてどうすんの」
「え?ほら、こっちでひとり暮らし始めたばっかだから。そっちの地元のいいところとかあったら、案内してくれたら嬉しいかなって」
「べつに、案内するほどの街じゃねぇし」
端正な不愛想に戻ってしまった
(え、あれ?)
あまりの塩対応に、何か気に障ることでもしてしまったのかと思ったが。
どう考えても、気に障るほどの会話もしていない。
そこそこ男子に人気があったのにと軽い衝撃を受けたはしたが、あのトランペットを聞いてしまったあとでは、それさえ硬派なカッコよさに変換されるから不思議だ。
同学部のサークルメンバーでイケメン。
身長もトランペットの技術も高い。
これまで付き合ったカレシたちなど、霞んでしまいそうなスペックだ。
絶対にカレカノになりたい。
そう決意した
◇
1年生は必修科目が多いので、
これはもう、
「おはよう、
大教室で、真ん中の列の端に座る
「すごいカッコイイ人だね!カレシ?いつの間にっ」
「カレカノに見えちゃう?」
それは軽いじゃれ合いをしかけただけのつもりだったのに。
「名誉棄損で訴えるぞ」
「え」
斜め上の返答をした
「め、名誉棄損?」
「公然と事実を
「知ってるけど。……なによ、私がカノジョだと、
「ただの知り合い程度でカノジョ認定するなら、何人その枠に入るんだよ。とんだセイウチ野郎じゃねぇか。ハーレムなんかにゃ興味ねぇし」
たたみかけるように言い放つと、
「ここ座る?そうぞ、ふたりで座れば」
「ただの冗談でしょ。フツー軽く流さない?」
むっとする
「誰のフツーだよ」
振り返りもせず歩き去る
「カッコいいけど、なんか失礼な人だね」
「でも、そこが良くない?」
「誰にでもあんな調子だし、基本、ひとりでいることの多いコだからさ。夏合宿で、もうちょっと仲良くなって、名前で呼び合うのが目標!」
「目標が低い!カレカノじゃなくていいの?」
「いや、それがさ」
バッグからテキストを取り出した
「こないだ、うちのサークルの文学部のコがさ、いきなりカノジョ狙い宣言して、名前呼びしたんだよね。”ヨースケくぅ~ん”とか言って」
「”くぅ~ん”?おなかが痛い子犬かな?」
「まったくね。そしたら
「皮肉がキツイけど、気持ちはわかる。真面目に活動したい、ほかの人にも迷惑だよね」
「
「まあ、フツー冗談でおしまいだよね。さっきのも含めて」
「そう思うんだけど、
「あー、それであの態度か。ふぅん、なるほど。無礼で不器用すぎとは思うけど、誠実ではあるんだ」
「あとね、”親しくもないのに、名前を呼ばれるのは好きじゃない。二度としないっていうなら、なかったことにする”って」
「ちょっと偏屈っぽいな」
「うん。でもさ、孤高の一匹狼みたいでカッコよくない?名前呼びを許されたら特別ってことだから、まずそっからだよね」
「
「いや、ぶっちゃけ超イケてるでしょう?サークルの1年で固まって歩いてると、
「結局そこかぁ」
苦笑いしているミヤコの向こうで、一列空けて座り直した
誰かとメッセージでもやり取りしてるのか、時おり「ふっ」と吹きだすように笑っているのも珍しい。
とたんに幼く柔らかい雰囲気になるのは、あの初対面のときと同じで、
基本、表情の動かない
(……いいなぁ。あのイケボで”
「ほら、授業始まるよ」
「え?」
ミヤコの肘打ちで現実に戻った
「ありがと」
小声で礼を伝えてふと視線を向けると、いつの間にかスマートフォンをしまった木場野は、いつもどおりのスンとした真顔に戻っている。
(このギャップ、たまらんっ)
脳内の煩悩などは決して表には出さないようにして、