ポンコツになれる場所
文字数 4,195文字
その発表会場ともなるコミュニティ・ホールに戻ってきた
「げ、ずるっ!
そして、テーマ曲に選んだ「風になりたい」を演奏するころには。
サンバホイッスルを
「んだよ、
「笑うんだね、
「だって」
トランペットを握る
「こんなん笑うしかないじゃん。
「そうなのよ」
額に汗を光らせ、髪をかき上げて笑う
「自覚あるんだ?そんなんじゃ、ラジオ体操も怪しいね」
「そんなこと……、あるような、ないような?」
「どっち!」
「アイ子に”一発芸大会のネタになる”って言われたことがある」
「なにそれ、見たい」
「イヤ」
「Shall We Dance?」
「ダンスじゃないもん」
「さっきと言ってることが違うっ」
ふたりの掛け合いにつられて、ホールも和やかな笑いに包まれていく。
「まあ、運動が苦手なのは確かだから、車の免許を取りたいと言ったら心配されてね。A級ライセンス取るまで、ひとりで運転させてもらえなかったくらいだし」
「はぁっ?!」
あの車好きの2年生の、裏返った声がホールに響き渡った。
「先輩、A級ライセンス持ってんですかっ。そんなフワフワな感じで?!さすが、M3のドライバーなだけはあるなぁ」
「A級ライセンスって?」
首を傾けた
「ちょっと運転が上手いってこと」
「ちょっとどころじゃないでしょおぉ?!先輩、あとで助手席乗せてくださいよっ。走り体感させてください。内装とかも見たいしっ」
「いいよ」
拝みながら、ずいずいと近づいてきた2年生に軽くうなずく
「えっ、なんでいいの?いいワケないよね?」
「なんで?」
「なんで?!」
「カレシ以外の男を助手席に乗せるってアリなの?じゃあ、俺が免許取ったとして、助手席にほかの女子乗せてもへーきっ?」
「助手席に女子……。うん、あんまりピンとこないな」
「シャレで言ったんじゃないからっ」
「あら、違った?」
「ねえ、ダメだよね?絶対ダメだから」
「わかった、わかった。じゃあ、彼は後部座席に乗ってもらおう。助手席には
「いい、けど。……センパイ、
三白眼になった
「か、考えただけでも?思想の自由は?」
「
「独裁主義?!」
「一神教です」
「宗教なの?!」
「俺の女神です」
「……どこでポンコツのスイッチが入っちゃったのかなぁ。ほら、もういい加減にして、
その様子をホール入り口で眺めていた
「優秀なドッグトレーナーみたいだな」
「あれがポンコツの
腕の中に
「ポンコツ?」
「
「こじらせてるとか知らないけど」
「
「年上の、カレシ?えっと、あなたは……」
「1年生のときにご一緒させていただいた、ユーフォ担当です。4年生は就活で忙しいから、それほど接点はなかったですけど。秋のライブでは隣だったんですよ」
しんと静まり返ったホールの中央で、3年女子は
「先輩を迎えに来ていた、ステキな男性がいたじゃないですか」
「4年の秋なんて、俺とつき合ってたじゃん。そういえばライブ、誘ってくれなかった……」
眉を八の字に下げた
「高校の定演と重なってただけでしょ。もー、あのときも、演奏会休むとか言い出してびっくりしたけど」
「二股してたのっ?」
「してないわよ。疑うの?」
「……そうじゃない、けど。……じゃあ迎えに来たのって、誰?」
「ちょっと、苦しい。4年のライブ……、迎え?」
何度か瞬きを繰り返した
「ああ、そういえば来てたね。暑苦しいくらい大きくて、暑苦しいしゃべり方をする人が」
「暑苦しい?背がうんと高くて、まさに眉目秀麗って感じの人だったじゃないですか」
「そうかなぁ、あれが?伝えておくね、喜ぶから。あれは
「お、お兄さん?
まん丸の目をした
「いるのよ。とても過保護で暑苦しい兄が。あの車も兄から借りてきたの。A級ライセンス取れと言ったのも兄だし、私がひとり暮らしするのを、最後まで反対していたのも兄。大学のときにストーカーに遭ったり、それ以前もいろいろあったから。心配性なのよ」
「アイツのこと?あれから、またなんかされたの?」
「あれ以降は会ってない。別件でね」
「そんなに大変なこと?」
「そうでもないけど。ほら、仕事が仕事だから」
「仕事?」
「弁護士」
「だから知らないって」
「ああ、そうだった」
「べ、弁護士っ……」
「ね?いい年になったら、軽率なイタズラだって、足元をすくわれる原因になるのよ。どこの誰が、どんな縁を持っているかわからないんだから。痛い目を見てからじゃ遅いの。そういえば、弁償するって言ってたわよね」
「は、はい……」
「あれは、ひとつ10万するんだけど」
「「「ええっ!」」」
「そんなにするものだったの?」
「あの、ホントに?えっと、……ご、ごめんなさい」
「なんてことも、あるかもね?」
「えぇっ……」
しれっと笑う
「だから、弁償すればいいんでしょ、なんて簡単に言っちゃダメなのよ。でもね、それよりもっとダメなのは、安易に人の物に手を出すこと」
「……はい」
「社会に出ると、学生時代なんて激甘だったって思うこともしょっちゅうよ。一回の過ちが、取り返しのつかないことにつながるから」
「はい」
「王子が口にするべきだったのは心からの謝罪と、”弁償するので、購入年月日と金額が
きちんと
記載された、領収書をお持ちください”だったわね」「はい。あの、王子は勘弁してください」
「では、貴公子」
さすがアイ子の友だちと言うべきか。
「昨日のことは、
「はい。……
「わかった。とりあえず、学年演奏が終わったらだな」
「おう」
「あー、よかった~。公認取り消しの危機が回避されて」
その横では、
「お前、なんで、いきなりあんなこと言いだしたんだ?」
「だってトバは……」
3年女子は不満そうな顔をそらせた。
「素敵なカレシさんがいるからって、
「えっ、
「いや、違うからっ。お前もよけいなこと言うなよ!一神教の
「……
「なに、意外に本気だった?」
刺さるような痛みを心に感じながらも、
「だって、トランペット吹いてるときの
「そうだね。でも、今の
女子ふたりの視線の先では、
「ストーカーとかされたら、俺にちゃんと言ってくれないとダメだよ」
「はいはい」
「だいたい、
「はいはい」
「それから」
「もー、わかったから。ほら、演奏しよ?1年が始めないと、どんどん押しちゃうよ。ドライブ行けなくなっちゃうよ」
「それは困る!」
大声を出した車好きの2年生に、
「センパイなんか困ってりゃいいじゃんっ」
「なんだと!
「センパイにやるチャンスなんかねぇよっ」
「
腕のなかから聞こえてきたドスの利いた
「演奏するの?しないの?」
「しますっ」
トレーナーの指示に従う優秀な番犬のように、