魔王の接待
文字数 3,603文字
店内に一歩足を踏み入れれば、
「いつものコース?」
独特のイントネーションで尋ねられた
「今日は若者がいるからこれと、これを追加で」
そうして、前菜を食べているときに出てきた点心が……。
◇
「あ、もしかしてあれ?」
アイ子さんがうらやましそうな目になった。
「サクサクのパリパリの」
「はい、パリッパリでした。エビとマンゴーの変わり揚げ、だったかな。マンゴーソースっていうから甘いのかと思って、最初、使わなかったんですけど」
「スパイシーでフルーティーでしょ。いいなぁ、久しぶりに食べたくなった」
「周りのサクサクしてるの、あれって何でしたっけ。聞いたんだけど忘れちゃったな。春雨?」
「カダイフ。小麦粉とトウモロコシ粉が原料の細麺?生地?トルコだとデザートに使われるって」
「へぇぇぇ~。アイ子さんも行ったことあるんですね」
「うん。何回か
「へぇ、さすがですね。
「最初は嫌われてたんだけどねぇ」
複雑そうな顔でアイ子さんが笑う。
「え……?」
「あたしのせいで、
「え」
「ちょっと、牙しまってメーちゃん。昔の、小学生のころの話だって。んなのはいいからさ、続き続き。和やかにパリパリ食べておしまいじゃないでしょ」
「アイ子さんが話す気がないなら、俺の話もここまでです」
「ったく、相変わらずいい性格してんじゃないの。……OK、メーちゃんが話し終わったらしてあげるよ、昔話」
「約束ですよ」
「わかってるよ。……すいませーん、おかわりくださーい」
そのこじんまりとした体にどれだけ入るんだと思うほど飲んでいるのに、ほんのりとしか目元を染めてないアイ子さんが、少し切なげに唇を上げた。
◇
干し豆腐の和え物とか、茶碗蒸しスープとか。
「わ、これもウマい、オイシイデス。初めて食べた」
「干し豆腐って、ほかで聞かないものね」
俺がウマいと言った前菜を、
「ちゃんとした中華とか、初めてかも。兄ちゃ、兄の胃袋って亜空間だから、うちは質より量が大事だし。ファミレスばっかだよ、デス」
身長は190センチ近いと思われる
ガタイが兄ちゃんに近いものがあるから、何か武道系をやってたか、やってるか。
「暑苦しい」とは思わないけど、とにかく迫力満点だ。
「ふふっ」
口調がグダグダになってる俺が面白いらしくって、箸を握った手で口を押えて笑う
「いつものしゃべり方でいいのに」
「初対面の目上の者を前にしているんだから、当然の、正しい態度だ。多少ぎこちないのも好感が持てる。
思わずむっとしてしまったのは、許していただきたい。
そりゃあ、一回りも年が違う
「幼いと言ったつもりはないよ。素直だと思ったんだ。そのまっすぐさに救われたんだろう、
カタリと箸をおいて、
そのままちょっと顔を傾ける仕草が、同性だけどカッコよくてシビれる。
「自分の気持ちを偽らずに、押しつけがましいほどの率直さで求められれば、嬉しくないはずがない。憎からず思っている相手からなら、なおさら」
……何気に毒が混じったのは、気にしたら負けだな。
ちょっと表現にトゲを感じるけど、
「迷惑ではないと、
俺も箸をおいて
「だから、待ちました。待ってる間に、美化しすぎてるのかもって思うこともあったし、妄想で執着してるだけなんだ、忘れたほうがいいんだ、いっそ忘れたいとも思いました。でも」
隣に座る
不安そうで、ちょっと熱に潤んでるみたいなその目を見た瞬間。
俺の頭から
「再会したとき、俺の妄想力って貧弱だなって思い知った。だって、頭の中のお姉さんより、実際の
「ちょっと待って」
「
「俺が
「さすが商学部、経営学は”優”がもらえるね」
「ゴホン」
「あら」
俺の手を離して、「アワビの焼きパイ」を取り分けてくれた
「お箸が止まってますよ、
「とんだ風評被害だ。いじめてなどいないだろう」
端正な顔に
普通の
人みたい。「あまりに
組んだ腕を戻して食事を再開した
「あのヘビ男くんに負けずに、言い返す度胸があるんだろう?これくらい屁でもないはずだ」
「ヘビ男くん?」
首を傾げる俺の耳元に口を寄せて、「市島くんのことだよ」と
「
「本質が表に出ただけだろう。本心を見せないまま、相手の心を先に欲しがるような卑怯者だったんだから。
過去を探るような目をした
「私は優しかったわけじゃない。いい顔したかったんです。……好意を示してくれた相手に、悪く思われるのが怖かったから。中途半端な対応をしてしまって、それがいけなかったのよね……」
「好きでもない相手と付き合うからだ」
「好きになれると思ったんだもの。友だちではあったし」
「俺の目の前で、堂々と元カレの話、しすぎじゃない?そりゃあ、あのとき俺は小学生だったけど、だけど……」
「小学生だったけど、言い返してくれよね」
「スイミングスクールに通ったことをバカにされたとき、”おねえさんはすごくがんばったんだ”って」
「だって、ホントのことじゃん」
その手を握り返すと、
「嬉しかった。私なんかの努力を、そんなふうに認めてもらえて」
「なんか、じゃないよ。
「あんなの、悪口に入らないからねぇ」
「常に毒を吐く人外が家に生息していたからな。……
「やっぱり。珍しく頼まないなって思ってたの。
「う、うん」
「
お茶を注ぎ返そうとしたけど、
ちょっとした動作なのに相変わらず洗練されてて、「Yes,my lord」なんて返事をしたい気分になった。
「幼少時に植え付けられてしまった劣等感は、第三者からの庇護などでは、
「俺は何もしてませんけど」
「うん、君は何もしていないね」
いや、ちょっと
俺だって謙遜することもあるんですよ?
と、ムッとしかけたんだけど。