いつもあなたが
文字数 3,679文字
夜の湖岸が、華やかな大歓声に包まれていた。
今、そこに自分が参加していることが、ちょっとだけ信じられない。
「わー、このスパーク花火、チョー色変わりだっ」
「密集してるとこで振り回すなよっ」
はしゃいでいる同期をいさめてるのは、なんと雷 だ。
「昨夜 、そんだけの配慮があったらなー」
「悪かったって、ホントに」
わざと大げさなため息をつくと、たちまち雷 がシュンとする。
「王子、それ、すごくキレイだからやってみて」
雷 が手にしている花火に、萌黄 さんが着火ライターで火をつけた。
「雨降って地固まるってことで、ね?」
次々と火が着けられる、たくさんの手持ち花火に照らされた萌黄 さんが、俺を見上げて笑っている。
「すごく、キレイだね」
「花火?そうでしょう」
「違うってば。……わからないフリしてる?」
「ゲホゲホ」
「あ、まだいたのか」
「……マジで忘れてたな?」
咳払いの姿勢を保ったままの雷 が、恨めしそうに俺と萌黄 さんをにらんだ。
「あのー、センパイ。いちゃつくなら、どっかあっちでやってください。そんで、王子は勘弁してください」
苦虫を噛みつぶしたような顔で、雷 がそっぽを向く。
「行こ、萌黄 さん」
「ホントに行くのかよっ」
「どっか行けって、王子が言ったんじゃん」
「いちゃつくのをやめりゃいいだろ!あ~、もう、はいはい、はいはいはいはい。さっさとおふたりの世界へどーぞどーぞっ」
しっしと追い払うような仕草をする雷 に、俺と萌黄 さんは顔を見合わせるなり、吹き出してしまった。
合宿最後の大締めだった、メンバー全員による夜の大演奏。
それをたったひとりの観客として聞いた萌黄 さんは、いつもどおりに存分に飴を振舞い、各パートの脳を蕩 けさせていた。
そして、そのあとはアルコールが解禁されて、合宿打ち上げと称した飲み会になるらしいんだけど。
「それさ、夏休みの最終イベント、バーベキュー大会のときにしない?今年もやるんでしょ?」
「まあ、そうですけど。それで?」
困惑を浮かべたトバセンパイが首をひねる。
「9月最初の土曜日ですよね」
萌黄 さんの背中にぴったりとくっついて、その頭にあごを乗せながら、俺はトバセンパイを見下ろした。
センパイは大変いいヒトだとわかったけど、ずいぶん世話になったけど。
萌黄 さんに関して譲る気はない。
萌黄 さんは俺のカノジョなんだから、未練はすっぱりと断ち切ってもらわないと。
そして、萌黄 さんがもう「伸 しかからない!」と言わなくなったのは、いいことだ。
やっと慣れてくれたんだな、俺の愛情表現に。
うん、呆れて諦めたわけでは決してない、と思いたい。
「木場野 は不参加なんだよな」
「えーっと、はい」
だって、その日は萌黄 さんのお休みの日だ。
デートしなくちゃいけないんだから、自由参加のイベントなんかに行ってる場合ではない。
……まだ、約束はしてないけど。
「もうビールとか、近くの酒屋に注文しちゃってるんですよ。ツマミは乾き物ばっかだから、どってことないですけど」
「注文したアルコール類は、当日運べばいいじゃない?」
「うーん……。こっからバーベキュー場まで、配送頼むんですか?」
「私が預かるよ、どうせ車だし。場所はいつものキャンプ場でしょ?当日の配送もまかせて」
「いいんですか?じゃあ、雪下 先輩も参加しませんか?」
トバセンパイの目がキラキラしだしたのは、絶対、俺の見間違いじゃない。
「卒業生なんか参加したら、気を遣ってつまんなくなっちゃうでしょ」
萌黄 さんがいないのなら、やっぱり俺も行かない、と決意したところで。
「羊介 くん、参加してみたら?送迎してあげるよ」
「送、迎?ってことは迎えにも来てくれるの?」
「もちろん」
「トバセンパイ、俺、参加します!」
「……お前なぁ……」
センパイの目は完全に呆れているけど、どうでもいい。
「まったく。……まあ、それはそれとして、今日の飲み会、いえ、打ち上げを中止して、どうしようと?」
「んふふ」
見慣れた顔で笑う萌黄 さんは、トバセンパイと俺をドイツ車に案内した。
「手持ち花火~!」
トランクを開けた萌黄 さんは、相変わらず次元の異なるポケットから道具を出すロボットみたいな言い方をする。
「わ、すごっ!」
トバセンパイの目が丸くなった。
「昨日は途中でおしまいになっちゃったんでしょ?今日、リベンジしない?」
「こんなにたくさん、いいんですか?」
「職場のイベントでの余り物を押しつけられて困ってたんだけど、ちょうどよかったと思って」
「ありがとうございます!使わせてもらいます」
どこかほっとしたようなトバセンパイから、「リベンジ花火」を聞かされた皆も喜んでたし、花火大会自体も盛り上がったし。
そのあとの「お疲れさまミニ宴会」では、二十歳を超えたメンバーのために、ちょっとだけビールも用意されていた。
その宴もたけなわのころ、今度はちゃんとソフトドリンクで参加していた雷 が、突然、俺の目の前に立った。
「なあ、そこ座っていい?」
「え?うん」
俺の隣の席、ついさっきまで萌黄 さんが座っていたイスに腰掛けた雷 が、深々と頭を下げた。
「いきなり、なに」
「ホントに悪かったよ」
「もういいって。さんざ謝ってもらったじゃん」
「でも、先輩の指輪も」
「それは俺と萌黄 さんの問題だから。雷 が責任を感じる必要はないし、口出しする権利もないよ」
「……そこまで言ってもらえると、少しは気持ちも軽くなるけど」
学年演奏が終わったあたりから、いつもビシバシと放電されている雷 が鳴りを潜めていて、ちょっと調子が狂う。
「おれさ、おまえに嫉妬してたんだと思う。ちやほやされてんのに、いつだって、大して興味もなさそうでさ。スカしやがってって思ってた。けど」
うつむいてた雷 の顔が上がって、ユーフォ先輩から拝まれ、迫られている萌黄 さんのほうに向けられた。
「木場野 って、ほんとに興味ないんだな、あのヒト以外」
「興味ないっていうか」
……何やってるんだろう、あのふたりは。
女性同士っていっても、ちょっとモヤモヤする距離感だ。
「俺ってさ、小学校のときは完全ボッチで、中学も半ボッチだったから。他人との関わり方ってのが、今ひとつ、わかんないんだよ」
「え、木場野 がっ?!……おまえみたいなヤツが、ボッチ?」
「俺みたいって?背がこれほど伸びたのは、中学も終わりのころだし。勉強は萌黄 さんに教わってからだよ、興味が持てるようになったの。でなきゃ、ずっと算数25点のままだったと思う」
「算数っていうと、小学生んとき?25点って、なかなかだな」
「だろ?そんなヤツなんだよ、俺って」
「そんな過去があるのか……。だよな、順風満帆なだけの人間なんて、いないよな」
「雷 のほうが優秀な人間だと思うよ。俺は萌黄 さんに出会わなかったら、マルポチャ、スーパーネガティブくんのままだったと思う。萌黄 さんはね」
ああ、もう。
なに「ぐぃっともう一杯!雪下 先輩!」とか言っちゃってんの、ユーフォ先輩ってば。
あのコップの中身、ちゃんとウーロン茶だろうな。
あ、トバセンパイが近づいてる!
「俺の先生で友だちで、憧れの人だったんだ。ボッチのころの唯一で、全部だったんだよ。……萌黄 さん!」
もう少し雷 とも話してみたかったけど、それは、また今度。
「ゆっきー先輩、おれも混ぜてっ」
伏兵、安心院 があらわれた!
「安心院 じゃまっ!あたし今、重要な話してんだからっ」
ユーフォ先輩は絡み酒なのか。
「あー、もうお前ら……。雪下 先輩、俺もここ座っていいですか」
ほら、やっぱりトバセンパイの目はキラキラしてる。
一神教の信者をダマそうなんて、天罰が下るぞ。
「萌黄 さん!」
三人の三年生が俺を見上げて、何か言いたそうにしてるけど、無視。
「星、見に行こう!」
「王子との話は終わった?」
「……うん」
「そう、よかった」
それは見惚れてしまうような笑顔で。
俺はしばらく、周りに人がいるのも忘れて魅入ってしまった。
俺を丸ごと受け入れてくれる女神には、きっと、いつまでたっても敵わない。
でも、それでいいんだ。
差し伸べた俺の手を、ためらわずに取った女神が立ち上がる。
「ちょっと外に出てくるね。あの件、了解したから」
「ほんとですかっ」
ユーフォ先輩がこれほど喜ぶ「あの件」が気になるけど、とにかく俺は、唯一で全部の女神を連れ出すことに成功したんだ。
『木場野 が一神教の理由がわかったよ。本当に悪いことをしたと思ってる。
ごめんな。
なんか、おまえってばモテんのにクール気取ってるって、勝手に決めつけてた。
木場野 のトランペットだって、いろいろ乗り越えてきたからこその、あの音なんだよな。
知ろうともしないで勝手に嫉妬して、ホント、自分のバカさ加減に泣けてくる。
今度、よかったら木場野 のバンドの見学に行きたい』
雷 からこんなメッセージが届いてたって気がついたのは、もちろん、水没スマホが復活したあとのこと。
そして、俺のバンドメンバーにもなった雷 と、「暴虐兄に苦しめられる弟同盟」を結んで愉快な飲み仲間になったのは、さらにあとのことだ。
今、そこに自分が参加していることが、ちょっとだけ信じられない。
「わー、このスパーク花火、チョー色変わりだっ」
「密集してるとこで振り回すなよっ」
はしゃいでいる同期をいさめてるのは、なんと
「
「悪かったって、ホントに」
わざと大げさなため息をつくと、たちまち
「王子、それ、すごくキレイだからやってみて」
「雨降って地固まるってことで、ね?」
次々と火が着けられる、たくさんの手持ち花火に照らされた
「すごく、キレイだね」
「花火?そうでしょう」
「違うってば。……わからないフリしてる?」
「ゲホゲホ」
「あ、まだいたのか」
「……マジで忘れてたな?」
咳払いの姿勢を保ったままの
「あのー、センパイ。いちゃつくなら、どっかあっちでやってください。そんで、王子は勘弁してください」
苦虫を噛みつぶしたような顔で、
「行こ、
「ホントに行くのかよっ」
「どっか行けって、王子が言ったんじゃん」
「いちゃつくのをやめりゃいいだろ!あ~、もう、はいはい、はいはいはいはい。さっさとおふたりの世界へどーぞどーぞっ」
しっしと追い払うような仕草をする
合宿最後の大締めだった、メンバー全員による夜の大演奏。
それをたったひとりの観客として聞いた
そして、そのあとはアルコールが解禁されて、合宿打ち上げと称した飲み会になるらしいんだけど。
「それさ、夏休みの最終イベント、バーベキュー大会のときにしない?今年もやるんでしょ?」
「まあ、そうですけど。それで?」
困惑を浮かべたトバセンパイが首をひねる。
「9月最初の土曜日ですよね」
センパイは大変いいヒトだとわかったけど、ずいぶん世話になったけど。
そして、
やっと慣れてくれたんだな、俺の愛情表現に。
うん、呆れて諦めたわけでは決してない、と思いたい。
「
「えーっと、はい」
だって、その日は
デートしなくちゃいけないんだから、自由参加のイベントなんかに行ってる場合ではない。
……まだ、約束はしてないけど。
「もうビールとか、近くの酒屋に注文しちゃってるんですよ。ツマミは乾き物ばっかだから、どってことないですけど」
「注文したアルコール類は、当日運べばいいじゃない?」
「うーん……。こっからバーベキュー場まで、配送頼むんですか?」
「私が預かるよ、どうせ車だし。場所はいつものキャンプ場でしょ?当日の配送もまかせて」
「いいんですか?じゃあ、
トバセンパイの目がキラキラしだしたのは、絶対、俺の見間違いじゃない。
「卒業生なんか参加したら、気を遣ってつまんなくなっちゃうでしょ」
「
「送、迎?ってことは迎えにも来てくれるの?」
「もちろん」
「トバセンパイ、俺、参加します!」
「……お前なぁ……」
センパイの目は完全に呆れているけど、どうでもいい。
「まったく。……まあ、それはそれとして、今日の飲み会、いえ、打ち上げを中止して、どうしようと?」
「んふふ」
見慣れた顔で笑う
「手持ち花火~!」
トランクを開けた
「わ、すごっ!」
トバセンパイの目が丸くなった。
「昨日は途中でおしまいになっちゃったんでしょ?今日、リベンジしない?」
「こんなにたくさん、いいんですか?」
「職場のイベントでの余り物を押しつけられて困ってたんだけど、ちょうどよかったと思って」
「ありがとうございます!使わせてもらいます」
どこかほっとしたようなトバセンパイから、「リベンジ花火」を聞かされた皆も喜んでたし、花火大会自体も盛り上がったし。
そのあとの「お疲れさまミニ宴会」では、二十歳を超えたメンバーのために、ちょっとだけビールも用意されていた。
その宴もたけなわのころ、今度はちゃんとソフトドリンクで参加していた
「なあ、そこ座っていい?」
「え?うん」
俺の隣の席、ついさっきまで
「いきなり、なに」
「ホントに悪かったよ」
「もういいって。さんざ謝ってもらったじゃん」
「でも、先輩の指輪も」
「それは俺と
「……そこまで言ってもらえると、少しは気持ちも軽くなるけど」
学年演奏が終わったあたりから、いつもビシバシと放電されている
「おれさ、おまえに嫉妬してたんだと思う。ちやほやされてんのに、いつだって、大して興味もなさそうでさ。スカしやがってって思ってた。けど」
うつむいてた
「
「興味ないっていうか」
……何やってるんだろう、あのふたりは。
女性同士っていっても、ちょっとモヤモヤする距離感だ。
「俺ってさ、小学校のときは完全ボッチで、中学も半ボッチだったから。他人との関わり方ってのが、今ひとつ、わかんないんだよ」
「え、
「俺みたいって?背がこれほど伸びたのは、中学も終わりのころだし。勉強は
「算数っていうと、小学生んとき?25点って、なかなかだな」
「だろ?そんなヤツなんだよ、俺って」
「そんな過去があるのか……。だよな、順風満帆なだけの人間なんて、いないよな」
「
ああ、もう。
なに「ぐぃっともう一杯!
あのコップの中身、ちゃんとウーロン茶だろうな。
あ、トバセンパイが近づいてる!
「俺の先生で友だちで、憧れの人だったんだ。ボッチのころの唯一で、全部だったんだよ。……
もう少し
「ゆっきー先輩、おれも混ぜてっ」
伏兵、
「
ユーフォ先輩は絡み酒なのか。
「あー、もうお前ら……。
ほら、やっぱりトバセンパイの目はキラキラしてる。
一神教の信者をダマそうなんて、天罰が下るぞ。
「
三人の三年生が俺を見上げて、何か言いたそうにしてるけど、無視。
「星、見に行こう!」
「王子との話は終わった?」
「……うん」
「そう、よかった」
それは見惚れてしまうような笑顔で。
俺はしばらく、周りに人がいるのも忘れて魅入ってしまった。
俺を丸ごと受け入れてくれる女神には、きっと、いつまでたっても敵わない。
でも、それでいいんだ。
差し伸べた俺の手を、ためらわずに取った女神が立ち上がる。
「ちょっと外に出てくるね。あの件、了解したから」
「ほんとですかっ」
ユーフォ先輩がこれほど喜ぶ「あの件」が気になるけど、とにかく俺は、唯一で全部の女神を連れ出すことに成功したんだ。
『
ごめんな。
なんか、おまえってばモテんのにクール気取ってるって、勝手に決めつけてた。
知ろうともしないで勝手に嫉妬して、ホント、自分のバカさ加減に泣けてくる。
今度、よかったら
そして、俺のバンドメンバーにもなった