執着のカケラ

文字数 2,934文字

「また会ったのよ」
「え、まさか市島と?!どこで?」
「バイト先に来た」
「バイトって、サークルOBのご実家がやってる喫茶店でしょ?萌黄(もえぎ)の大学のすぐ近くじゃん」
「うん」
「なんで、そんなとこに市島が来るの?」
「それがねぇ……」
 酒豪のアイ子から「ガッツリ飲めるけど、料理が美味しくてオシャレな店」に誘われた私は、おススメどおりの”白身魚のカルパッチョ”とカクテルに舌鼓を打ちながら、ため息をついた。
「去年の文化祭でいい演奏する学生を見かけてて、紹介してくれる人がいたんだって。その人に会った帰りに、たまたまお茶しに寄ったって」
「本当かなぁ」
 ボックス席の壁にもたれかかって、アイ子が眉をひそめる。
「一度や二度はあるかもしれないけど、三度目は偶然じゃないよね」
「二度目だよ」
「同窓会に来てたじゃん。あれ、絶対わざとだな」
「わざとって?」
「だって、市島が来るのを知ってたら、萌黄(もえぎ)は行かないでしょ。だからさ、最初はわざと欠席で出してたんじゃない。……あっ」
 ほんのり酔いが見えるアイ子の瞳が上がった。
「今日のバッグって、同窓会にも持ってったやつ?」
「え?うん。普段使いもできるし、かわいいでしょ」
「うん、カワイイカワイイ。萌黄(もえぎ)にぴったりって、そうじゃなくて。……ビンゴで景品もらってたよね」
「ああ、うん。特別賞のほうね」
「印のあるカード持ってたら、ビンゴに外れても当たっても景品ありって、結構な大盤振る舞いだったよね。何もらったの?」
「カエルのミニトートキーケース。便利よ」
「カエルか……。使ってんの?」
「うん。可愛いし、せっかくだから」
 横に置いていたバッグをテーブルに乗せ、持ち手にカラビナでつけた、手乗りサイズの紺色のトートバッグを見せる。
萌黄(もえぎ)の好きそうなデザインだねぇ。……ミニトートにしては、結構ポケットがあるんだ」
「そうなの。でも、前面のポケットはただの飾りみたいで、使えないんだよね」
「使えない?なんで」
「口が塞がってるの」
 カラビナを外してキーケースを渡すと、アイ子はカエルのイラストが描かれたポケットを(さす)り始めた。
「縫われてるわけじゃないんだ。……接着剤かな。ん?」
 アイ子の手がピタリと止まる。
「これ、切ってもいい?気に入ってるなら、同じのプレゼントするからさ」
「もらったから使ってるだけで、特に思い入れもないからいいけど。どうして?」
「手触りが変なんだよね」
 そう言いながら、アイ子は自分のバッグからソーイングセットを取り出して、糸切りバサミを手にした。
「っ!萌黄(もえぎ)
 ハサミを動かしていたアイ子の顔が歪む。
「なに?」
 身を乗り出した私に見えるように、アイ子は切り裂いたポケットの口を開けてみせた。
「……なんか、入ってる」
「え?」
 差し出されたポケットをのぞいてみると、そこには薄いネームタグのようなものが見えている。
「なんだコレ。……うーわっ」
 ポケットに指を突っ込んで中身をつまみ出したアイ子が、おぞましいモノを見るような目つきになった。
「キーファインダーじゃん」
「キーファインダー?」
「忘れ物防止装置だけど、スマホと連動して、位置情報を確認できるタイプもあるんだよ。あたしもそれほど詳しくないけど、これ、サークルの先輩が持ってたやつと同じだと思う」
「え、そんなの、誰が……」
「市島しかいなくない?」
 その名前が出たとたんに、背筋に寒気が走る。
「えぇ~……。でも、どうやって?」
「今回の幹事って、市島と同クラだった子だよ。準備でも手伝ってたんなら、景品を用意するときに仕込めるよね。ただ、聞いたところで、幹事は何も知らないと思うよ。絶対気づかれずにやってるだろうし、証拠なんて残す人間じゃないからね、ヤツは。……おかしいと思ったんだ」
 半分中身が残っていたビールジョッキをぐいぐいっと傾け飲み干すと、アイ子は手を上げて店のスタッフを呼んだ。
「出席者に番号が振られてて、席が決まっててさ。テーブルの上には、ビンゴカードが先に用意されてたじゃん?」
「受付で配ると、あとでもらってないって言う人が出てくるからって、説明されたよね」
「言い訳なんていくらでもできるじゃない」
「……そうね」
 アイ子がテーブルに放り投げたトートバッグをぼんやりと眺めながら、ため息がもれる。
「これはアタシが預かって捨てとく。ヤツがGPSたどって、ウチにでも来たら愉快だけど。ついでに、あの日に持ってたものはよく調べて。カバンに違和感とかない?」
 その言葉に不安になって、バッグから中身をひとつひとつ取り出してみたけれど。
「……うん、大丈夫そう、かな」
「家に帰ったら、もっかいよく見てみなよ」
「そうする」
「あと、高校んときに市島からもらったもので、処分してないプレゼントとかないだろうね」
「……どうだろう。そんな大したものは……、あ」
「なに」
「UFOキャッチャーで取ったって言ってた、”カエルくん”がうちにいる」
「それ、すぐ調べて。変なものが出てきたら連絡して」
 アイ子の真剣な顔が頭から離れなくて。
 家に帰ってからすぐに、市島くんからもらったことも忘れていた、バジェットガエルのヌイグルミの縫い目をほどいてみた。
「うわぁ……」
 中から出てきたものは、思わず声が出てしまうくらいの「変なもの」で。
 いったい彼は何がしたかったのかと頭を抱えてしまった。
「なんなのよ、もぉ~」
 「変なもの」と、腹を裂かれたバジェットガエルを机に放置したままベッドに倒れ込む。
 アイ子が怒るだろうなぁと思えば連絡する勇気が出ないけれど、電話をしなければしないで、へそを曲げるに違いない。
 しばらく布団に埋まりながら気持ちを落ち着かせて、重い気持ちのままアイ子に電話をかけると、案の定。
「は?なんだそれ。そんなモノと何年も一緒に暮らしてたんかい、萌黄(もえぎ)は!」
 第一声で怒られてしまう。
「ちょっとボンヤリしすぎじゃないの?!」
「だって、当時はカレシだったし」
「もう別れる寸前だったじゃん。そんなヤツのプレゼントなんか、突っ返しちゃえばよかったのに」
「カエルに罪はないと思ったんだもの」
「中にそんなもん仕込まれて、”トロイの木馬”ならぬ”トロイのカエル”じゃないの」
「ああ、バジェットガエルって、動きがとろいのよ」
「シャレで言ったんじゃないよ!」
「あら、違った?」
「あのねぇ、萌黄(もえぎ)ねぇ。もうちょっと危機感をだねぇ」
 久しぶりに、懇々(こんこん)とアイ子からお説教を受けた夜だった。


 トクベツちゃんと膝をつき合わせたヨースケの口の端が、ぴくぴくと動いている。
「何が入ってたの」
「小型のボイスレコーダー。長時間録音できるタイプの」
 その瞬間、ヨースケの目がつり上がった。
「まんまストーカーじゃねぇかっ」
 握ってる(こぶし)がふるりって震えて、すごくガマンしてるんだってわかる。
「思い出してみれば、”手芸サークルに入ってる従妹(いとこ)が、バザー出品作の参考にしたいって言ってるから貸して”って言われてたの。貸す前に別れちゃったから、存在ごと忘れてたんだけど」
「つき合ってるときに、内緒でボイレコ仕込んだってこと?何のためにだよ」
「まったくわからない」
 トクベツちゃんの眉毛がきゅっと寄って、お母さんが頭の痛いときにやるような仕草で、おでこを押えた。 
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