尖塔の谷・Ⅳ

文字数 1,772文字

 
 夜露に光る風露草に覆われる谷。
 焚き火に照らされるファーとタゥトと青年。

「君達なら、すぐに吹けるように……  ??」

 青年が言葉を止めたのは、笛を返そうとした彼の右手を、女の子の両手がガッシリ握って来たからだ。

「ど、どうしたの?」
「ファー?」
「一緒に来て下さい!!」

 青年もタゥトも、怪訝な顔で女の子を見た。

「一緒に来て、蒼の里を探して下さい!」
「……」

「ファー?」
「タゥト、このヒトが蒼の長様の息子さんだよ。ナーガ様には二、三度しか会った事がないけれど、さっき暗闇から現れた時、びっくりして心臓が口から飛び出そうになった。ホンットに瓜二つなんだもの」
「えっ、そうなの、お兄さん?」

 青年は悲しげに眉を寄せて、息を吐いた。

「ごめんね。笛が気になったのは確かなんだけれど、それより君達の事が気になって。もしも君達みたいな子供までもが蒼の里探しをしていて、僕を訪ねてこんな山深くまで来ているんなら……」

「ホ、ホント? ホントに?」
 言葉の途中でタゥトが飛び上がった。
「じゃあ僕達の為に、規則を破って会いに来てくれたの? だったら、早く言ってくれれば」

「いや…… 無駄だから諦めて帰るように、って言いに来たんだよ」

 青年は無機な声でつらつら喋り、子供二人は固まった。

「蒼の長の息子っていってもね、僕はそちらの方の資質は何一つ受け継いでいない。風露の血の方を色濃く引いているからね。父もそのつもりで、風の妖精の事も里の事も、何も教えてくれなかった。知識としては、他の風露の民と同程度にしか持っていない。
 蒼の里が行方知れずになってから、色んな人が訪ねて来るけれど、肩を落として帰らせるばかりだった。僕は風露の民だし、行った事もない蒼の里の事なんて分かりようがない」
「……」
「君達が子供だけで山中で野宿なんて危ない事をやっているから、ちゃんと言ってあげなくちゃと思って。そんなに期待するような価値なんて僕には無いんだよ、早く家にお帰りよって」

 タゥトはガッカリで力が抜けた。
 確かに自分達は手掛かりを求めて、蒼の長の直縁の息子を訪ねて、昼間に風露の関まで行った。けんもほろろに追い帰されてしまったけれど。
 それでもこうやってこっそり訪ねてくれたって事は、きっと何か教えてくれるんだと、一瞬凄く期待したのに。

「価値は、あります」
 ファーは、握った両手をまだ離していない。
「どうして自分は何も出来ないなんて決め付けてしまうの? あんなに綺麗な笛を吹けるヒトが価値が無いなんてあり得ないわ」

「あんなの、風露の者なら子供にだって吹けるよ」

「聞いて下さい、蒼の長には、同じ血を持つ者と引き合う強い力があるって」
「僕には無理なんだってば、諦めて」
「お兄ちゃんを諦められる訳ない!」

 ファーがヒステリックに叫んで青年が困惑顔になったので、タゥトがそっと説明をした。
「この子のお兄さんが、蒼の里に留学したまま行方不明なんだ」

「そう……」
 青年は悲しそうな顔をして、白くなったファーの指をゆっくりとはがした。
「そりゃ、僕に何とかしてやる力があればしてあげたいけれど、無いんだよ、何の力も」


 いきなり、背後にいた馬が甲高くいなないた。

 ――ザザザザ!!
 ――!!?

 振り返る間もなく、タゥトは乱暴に地面にねじ伏せられた。

「馬を! 馬に何すんのよ! きゃあ――!」
「ファー!?」

 複数の荒々しい靴音、怒声、何かがぶつかる音、青年の呻き声・・! 

「ファー、ファー!」

 程なく、がんじがらめに縛られた女の子が横に転がされた。

「くそ! このアマ噛み付きやがった」
「そっちの男のガキも縛っとけ。馬はどうした?」
「スマン、逃がしちまった」

 タゥトを押さえ付けていた男が、子供の細い手足をベルトで縛りあげた。

「しかし、イィ話が聞けたぜ。蒼の長の息子は何の力もねぇだと?」
「おぉよ、しかもこうやって目の前にのこのこ現れてくれた。俺達ゃ何て幸運なんだ」

 縛られた痛みと恐怖で頭が追い付かない。鼓動で胸が破裂しそうで身体が縮み上がる。
 パニクっているタゥトに、ファーの縛られた肘が触れた。
 馬を庇って暴れたんだろうか、酷く擦りむいて、血の感触がペッタリとした。

 自分が怪我をした訳でもないのに胸が締め付けられた。
 それでサァッと冷静になった。あてになる物なんかない、自分が何とかしなくちゃ。





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登場人物紹介

タゥト:♂ 海霧の民

父リューズ、母アイシャ(故人)。11歳ぐらい。

彼が家出した所から物語が始まる。

ファー:♀ 西風の妖精

シドとエノシラの長女。

タゥトと一緒に、捜し物の旅に出る。

ナユタ:♂ 風露の民

母は風露の民だが、父は蒼の長ナーガ。職人見習いとして風露に暮らす。

二人の子供に出会って、運命が切り替わる。

アデル:♂ 砂の民

父は砂の民の総領ハトゥン。ルウシェルの年の離れた弟。ファーより一個上。

ルゥシェル:♀ 西風の妖精

当代の西風の長。蒼の里にトラブルがあった事を受け、西風の里に厳重警戒実施中。

シドさん一家:

シド:♂ 西風の妖精 家長。西風の外交官。月の半分は出張で飛び回る。

エノシラ:♀ 蒼の妖精 シドの妻。助産師で医療師。

子供達:長男レンは行方不明。長女ファーと次女ミィは、家を明るくしようと頑張っている。

リューズ:♂ 海霧の民 (血統的には西風の妖精)

タゥトの父。砂漠の地でトップクラスの術者。海霧の巫女を支える神官。

シア:♀ 海霧の民。

当代の海霧の巫女、予言者。前巫女アイシャ(故人)の連れ子で、リューズの義理の娘。

三峰の皆さん

ヤン:♂ 三峰の狩猟長。独自の情報網を持つ。

シータ:♀ 三峰の巫女。ヤンの妻。

フウヤ:♂ 売れっ子彫刻家。ヤンの親友。

カーリ:♀ シータの親友。フウヤの妻。

カノン:♂ 西風の妖精

ルウシェルの子。父は記憶を失う前のリューズ(ソラ)。蒼の里に留学したまま行方不明。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精

当代の蒼の長。近年もっとも術力が高く、信頼されている長。


シンリィ:♂ 蒼の妖精

ナーガの甥。普段どこで何をしているのか分からない永遠の子供。今は片羽根。

ハトゥン:♂ 砂の民

ルウシェルとアデルの父親。砂の民の総領。いつだってソラ(リューズ)をぶん殴りたい。

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