ナユタ・Ⅱ
文字数 1,415文字
蒼の里を探すという目的で旅に加わったナユタだが、実際には思いきり何の役にも立たなかった。
いきなりピキーンと何かを閃くとか、突然ドカーンと覚醒するとかは、どうもあんまり期待出来そうにはない。
蒼の長の息子という先入観がなければ、あくまで彼はおっとりとした平凡な青年だった。
だが、世間はそれでは済ませてくれない。
「あのう――」
早なり小麦の畑で収穫に勤しむ編み傘のお爺さんに、ファーが声を掛ける。
「お手伝いするのでして、麦を少し分けて頂けませんか?」
長旅の最中、今までこうやって食料を手に入れて来た。
子供二人だと大概受け入れて貰えたし、一所懸命働くと他の家からも声が掛かって連鎖して働けた。
ファーの声で振り向いた畑の老人は、青年を見て飛び上がる。
「あ、蒼の里の、お、長様ぁ!」
「いえ、違います」
ナユタが俯いてぶっきらぼうに言うが
「しかしそんなに瓜二つな? おお、それは草の馬! ではではお身内であられるので? お忍びですかな、承知承知、分かり申した」
何が分かり申したか分からないがお爺さんは勝手に勘違いをし、止める間もなく家族を呼び、家族は子供達を呼び、子供達はご近所さんに言いふらして、何だか大事になってしまうのだ。
「麦がお入り用で? いかほどですか? トンでもない、手伝いなんぞさせられません。おい、親戚中に声をかけて来い」
「いえ! いいえ、いいんです、いいんです!」
ほうほうのていで逃げ出す物の、村の出口にはもう子供や年寄りを交えた大勢が待ち構えている。
「先月生まれたうちの初孫に、どうか名付けと祝福を」
「この子の癇の虫が収まりません。変な憑き物があるのでは」
「隣村との水源争いの調停を」
「あの、蒼の里は復興するのですか? 教えて下さい、うちの年寄りを安心させてやりたいのです」
それら一人一人を穏やかに振り切って、村を後にした時には、三人とも汗だくだった。
「いったい何なの、蒼の一族って。よろず屋みたいなもの?」
あちこち引っ張られたナユタが、衣服を直しながら言った。
「よろず屋じゃないです。そんなに何でも出来る訳じゃないもの。ただの拠り所、信じていると安心出来るんだと思います」
ファーも髪を直しながら、母に聞いていた事を答えた。
「僕、分かるよ。僕の村がああだったから」
タゥトの言葉に二人は振り向いた。
「小さくて、時々食べ物に困っちゃうような村だったけれど、巫女の母様を頼りにしていれば、みんな安心出来て幸せだった。母様が急な病気で死んじゃった時は、皆、天が堕ちてくるのかって位泣き崩れた癖に、お姉ちゃんが新しい巫女になるって宣言したら、地面が盛り上がるみたいに大喜びした。でもその間、晴れない空も実らない畑も、誰かが病気だとかも、何にも変わっていないんだ」
ナユタはよく分からない風に首を傾げた。
「何も変わらないのに、信じられるモノがあるだけで幸せになれるの?」
「それが信仰ってものなのだわ」
「ふうん……」
ナユタはやっぱり上手く呑み込めないという顔をした。
ファーとタゥトの二人だって、言っちゃえば神にすがるような気持ちで風露にナユタを訪ねたのだ。
しかし一緒に来てくれる事にはなったこの青年は、頼りなさ気で何もかも他人事。
信仰なんて、蓋を開けてみればそんな物なのかもしれない。
ナユタが悪いんじゃないのは分かっているけれど、心の何処かでピキーンやドカーンを期待していた二人は、微妙に複雑だった。