柘榴(ざくろ)・Ⅰ
文字数 1,806文字
残雪の峰を頭上にたたえる、山麓の大きな街。
昔から北と南を行き来する商人達の山越え前の宿場として栄え、季節ごとにちょっとした市も開かれる。
今は丁度春の市の最中で、大通りは、北の冬仕事の工芸品や南の早なり果実、海の干魚、山の幸、菓子の露天、子供相手の人形芝居等、色とりどりに賑わっていた。
中央広場の大きな石榴の木の下に、ちょっとした人垣が出来ている。
「さあさあ、特とご覧じろ。巧く行ったら拍手ご喝采~~」
判で押した口上をのべるのは、しめ縄みたいな三つ編みの、風の妖精の女の子。
掌の中で小さな風を起こして、木の葉をクルクル回してしる。
十歩離れた石榴(ざくろ)の木の下には、幹にピッタリ背中を付けた灰色の巻き髪の男の子。
頭に大きな石榴の実を乗せて、緊張して立っている
「フ、ファー、本当に大丈夫なんだろうね」
「うん、多分大丈夫だよ、見てて」
女の子は右手に持った小石を高く放り上げ、左の掌をヒュッと返して木の葉を飛ばした。
木の葉は風に乗って矢のように飛んだ……が、まったくアサッテの方向、観客の頭上の枝に当たってパシッと弾けた。
木の葉の癖にそこそこの破壊力がある。
「ま、まあ、ファーは本番に強いから」
「いやちょっと待って!」
二人の大袈裟なやり取りに、人垣からクスクス笑いが起こる。
「ごたごた言わないの! タゥトが食料袋を落っことしちゃうから悪いんでしょ!」
「だ、だって、そもそもファーがちゃんと縛っておかなかったからで…… わあぁっ、待って待って待って!」
「じっとしていなさいったら!」
ギャラリーに丸聞こえの口喧嘩の挙げ句、女の子の放った木の葉は明らかに男の子の顔に向かっていた。
「ひいい――!」
慌てて臥せた男の子の頭上をかすめ、木の葉は木の幹にピシリと刺さる。
ワンテンポ遅れて石榴の実が彼の頭にゴンと落ちて割れた。
「痛ったあ!」
「ま、まあ、結果オーライね。見事石榴はまっぶたつ~」
女の子が衣服の裾を摘まんでお辞儀をすると、それまで堪えていたギャラリーが大笑いした。
「よしよし、兄ちゃんのガンバリ料だ。これでお菓子でも買って仲良くお食べ」
小さな袋に皆の投げ入れてくれた銅貨が、思った以上の膨らみになった。
「ありがとうございます――」
二人は揃ってお辞儀をし、そそくさと人混みに消えた。
「何だか夢中だったけれど、あんなのでよかったのかしら」
路地裏の石段に、並んでしゃがみ込む二人。
「この街の人達は大道芸なんか見馴れていて目が肥えているから、かえって失敗芸の方がウケるんだよ。僕ら子供だし」
「へえ~、そういうモンなの? タゥト、村から出た事ないって言っていたのに、『シッパイ芸』とかよく知っているわね」
「父様が話してくれる物語に、そういうくだりがあったから」
「父さま……長さまの……」
「うん……」
ファーは口をつぐんで、手元の小銭を選り分ける作業に集中した。
長さまの婚約者……カノンのお父さんがずっと行方不明なのは知っていた。
行方不明の原因が、事故で記憶をなくしたからで、流れ着いた海霧の村で別の女性と結婚して子供までいる……ってのは、つい数日前その子供本人から初めて聞いた。
長さまはもっと早くに婚約者を見付けていたが、小さい子がいたので黙って身を引いたという。
自分にしてみたら、大好きなカノンと長さまに寂しい思いをさせているその男性は嫌いだ。
タゥトの父さまだから黙っているけれど、そのヒトの話をするのは嫌だった。
二人は小銭を数え終わった。
「これだけあれば、当分の食料と燕麦が買えるわ」
ファーの言葉が終わらない内に、背後から大きな手が伸びて袋を取り上げられた。
「あっ」
後ろには大柄な男が数人、厳(いか)めしい顔で立っていた。
大人がイタズラした子供を叱るのとは雰囲気が違う。
「ガキども! 市場は子供の遊び場じゃねえ。二度とやるな! 今度やったらただじゃおかねえからな!」
二人の子供は、息が止まって硬直した。
何だかんだ言って、二人とも子供を大切にする小さな集落で育ったので、大人に本気で罵倒された事なんてなかったのだ。
「そ、その銅貨、僕達の……」
何とか声を出したタゥトに、正面の男がいきなり分厚い掌を振り上げた。
―――!!
思わず抱き合った二人だが、ぶたれる素振りがないので目を開けると、男達との間に一人の女性が割り込んでいた。
「およしなさい、大人気ないったら」