アデル・Ⅰ

文字数 2,470文字

 

 漆黒の少年は、地上に着く前に馬からひらりと飛び降りた。

「ったく、おお寒っ! たっまんねえなあ、この寒さ。家出小僧どものお陰でこっちは偉いトバッチリだ」

「アディ…… 母さまに……頼まれて来たの……?」
 タゥトの腕の中のファーが、震えながら薄く目を開けた。
「あ、あたし、まだ帰らない。まだお兄ちゃん見付けてない…… 蒼の里も見付けていないのよ……」

「何を見付けていないって!?」

 腰に手を当てて半身でこちらを振り返る少年の後ろで、眩しい光が走り、空が十字に切り裂かれた。

 驚愕して目を細める二人の前で、さっき飛び出して来た地面の亀裂から垂直の光が立ち上った。
 空の十字からも光が伸び、地面からの光と繋がって、オーロラみたいに煌めく。

 ナユタが子供達を後ろから毛布でくるみながら囁いた。

「きれいだねえ」


 光が何度かまたたいて、やがて天と地の光の中間に『何か』が出現した。
 信じられないけれど、建物やヒトのいる、広い広い集落だった。
 タゥトがさっき駆け登った坂も見える。

 と、見えたのは僅かの間で、すうぅっと光が小さくなり、嘘だったみたいに消えてしまった。
 亀裂も何もない夜の草原だけが星明かりに残された。
 ファーがタゥトの腕をぎゅっと握る。

「心配すんな、即座に結界を張っただけだろ。さすがあのヒト達は対応が早いな。お?」

 アデルが今度は空を見上げる。 
 天の川を背に、三騎の馬影が舞う。
 長い髪の蒼の長と、少年二人。

 三騎が地上に降りるや、下馬した少年の一人にファーが飛び付いた。

「お、お兄ちゃん・・! お兄ちゃ・・お・・・」

 少年達はさっき会った風体のまま。
 レン少年はいきなり三年分大きくなっている妹に目を白黒させ、もう一人の少年カノンも驚きを隠せない表情で、時間のズレた顔見知り達を凝視している。

 蒼の長は先程とまったく同じ服装で、ナユタを見て目を細め、それからタゥトの前に立ち、屈んで両手を取った。

「タゥト、貴方には感謝してもしきれません」

「ぼ、僕? 僕が、役に、立ったん……ですか?」
「ええ、貴方がいたから、蒼の里はここに戻って来られたのですよ」
「?・?・?」

「長さま~~」
 見ると、レンの腕の中でファーがグニャグニャに崩折れている。
 大きくなった妹に慣れていない兄は、どこを触っていいのか分からなくてパニック状態だ。



 四人が招き入れられた里の中も、さっきのまんまだった。
 引っくり返した角の馬桶を、厩番が片付けている。

 何を話すよりまずはファーの手当てだと、蒼の長の住居の大きな暖炉の前へ通され、そこで待つように言われた。
 室内には、メラメラ燃える暖炉の前でやっと頬に赤見が戻ったファー、心配そうに彼女の手を握るタゥト、物珍しげに見回すナユタ、仏頂面であぐらをかくアデル、の四人。

「あの、アデル」
 タゥトがおずおず切り出した。

「ああ? まぁ、聞きたい事は山積みだろうな。知っている事は答えてやるが、俺だってミンナ分かっている訳じゃない。それは初めに言っとく」
「う、うん」
「で、何だ?」

「えと…… 僕達、本当に役に立ったの?」
「さっきナーガ長が言っただろうが。僕達じゃなくて、主にお前、な」

「えぇ……でも、えっと、声がね、耳元でした声が、蒼の里の運命を変えたらお前は砂漠で干からびるって言ったんだ」
「へぇ?」
 アデルは分かっていない顔をした。本当に全部は知らないみたいだ。

「じゃ、じゃあ、その声のヒト、誰だか分かる?」
 タゥトは靄の中で自分を導いてくれた声の話をした。

「ああそれ、多分、オッサンだな。名前は知らない」
「誰?」
「だからオッサン」
「どういうヒト?」
「知らないよ、聞いた事ないもん。聞かないだろ普通。本人に向かって貴方どういうヒト? とか。まぁ多分、蒼の妖精の関係者で年長けたヒトだとは思う。俺らと一緒にずうっと蒼の里を捜してた」
「え……」

「何だよ、動いていたのは自分らだけだと思っていたのか?」
「…………」

 アデルはシュンとなってしまったタゥトを見つめて、小さく息を吐いた。

「まぁ俺も大した事はしていないよ。大いに役に立っていたのはシア姉(ねえ)の遠見(とおみ)で、俺はそれを伝える伝書鳩役をやっていただけだ」
「お姉ちゃんと…‥ 僕、何も聞いていない」
「そりゃお前が家出した後から始めた事だからよ。いちいちスネるな、面倒くさい」
「あっ、うん、ごめん」

 素直に謝るタゥトに、アデルはほぉ、という顔をした。

「俺だってたまたまだよ。たまたま、今回オッサンと一緒に蒼の里捜しをやっていた一人が、前からのダチだったんだ」
「ダチ?」
「うん、三年ぐらい前、三日月湖の森で会ったハグレの蒼の妖精。イバラに絡まってジタバタしていたのを助けてやったら、お礼に飛行術……馬での飛び方を教えてくれた。………おっと」

 アデルはファーを覗き見て、眠っているのを確認した。

「こいつにナイショな。俺は最初から草の馬・・ああ、なんかそのダチが、自分の馬の他に主無しの草の馬も連れててさ、『夏草色の馬』っていうんだけど・・そいつを借りて飛ぶ練習した訳。コツさえ掴めればすぐに自分の馬でも飛べるようになった」

「ファーに聞いてたのと違う」

「だってこいつ、そういうのにウルサイじゃん。部族ごとの馬とかに妙に拘ってて。そんなのどうでもいいのにさ。まぁ、実は俺よりこいつの方が相当凄いんだぜ。西風の馬だけで練習してあそこまで飛べるようになったんだから。悔しいから本人には言わないけれど」
「……」

「んで、何だっけ」
「忘れちゃった、いいよ、もう」

 膝を抱えて目を閉じると、今までの疲れにドッと押し寄せて来た。
 暖炉の暖かさの中に疲労感を投げ出すと、もう目が開かないでうつらうつらし始める。
 自分の知らない所で、蒼の妖精の凄そうなヒトとか、アデルとかシアとか夏草色の馬とか、色々動いていたんだなぁ。
 最後の最後に助けてくれた手はあのヒトだったし。

 子供の遊びみたいなモノだったんだな、僕らの旅。
 でも、蒼の里は戻ったんだ、充足している、楽しかった、良かった、安心だ…………











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登場人物紹介

タゥト:♂ 海霧の民

父リューズ、母アイシャ(故人)。11歳ぐらい。

彼が家出した所から物語が始まる。

ファー:♀ 西風の妖精

シドとエノシラの長女。

タゥトと一緒に、捜し物の旅に出る。

ナユタ:♂ 風露の民

母は風露の民だが、父は蒼の長ナーガ。職人見習いとして風露に暮らす。

二人の子供に出会って、運命が切り替わる。

アデル:♂ 砂の民

父は砂の民の総領ハトゥン。ルウシェルの年の離れた弟。ファーより一個上。

ルゥシェル:♀ 西風の妖精

当代の西風の長。蒼の里にトラブルがあった事を受け、西風の里に厳重警戒実施中。

シドさん一家:

シド:♂ 西風の妖精 家長。西風の外交官。月の半分は出張で飛び回る。

エノシラ:♀ 蒼の妖精 シドの妻。助産師で医療師。

子供達:長男レンは行方不明。長女ファーと次女ミィは、家を明るくしようと頑張っている。

リューズ:♂ 海霧の民 (血統的には西風の妖精)

タゥトの父。砂漠の地でトップクラスの術者。海霧の巫女を支える神官。

シア:♀ 海霧の民。

当代の海霧の巫女、予言者。前巫女アイシャ(故人)の連れ子で、リューズの義理の娘。

三峰の皆さん

ヤン:♂ 三峰の狩猟長。独自の情報網を持つ。

シータ:♀ 三峰の巫女。ヤンの妻。

フウヤ:♂ 売れっ子彫刻家。ヤンの親友。

カーリ:♀ シータの親友。フウヤの妻。

カノン:♂ 西風の妖精

ルウシェルの子。父は記憶を失う前のリューズ(ソラ)。蒼の里に留学したまま行方不明。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精

当代の蒼の長。近年もっとも術力が高く、信頼されている長。


シンリィ:♂ 蒼の妖精

ナーガの甥。普段どこで何をしているのか分からない永遠の子供。今は片羽根。

ハトゥン:♂ 砂の民

ルウシェルとアデルの父親。砂の民の総領。いつだってソラ(リューズ)をぶん殴りたい。

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