尖塔の谷・Ⅴ
文字数 1,887文字
「何を・・する、つもり?」
青年の声。押し潰されたみたいに苦しそうだ。
「知れた事、風露の財が欲しい」
「財って…… そんなに蓄えがあるように見える?」
「ふん、目に見える財ではないわ」
タゥトはそっと身体を反転させて、声の方を向いた。
蹴散らされた焚き火と、数人の風体の悪い男達。
二人掛かりで岩壁に押さえ付けられる青年。腕が逆手にねじられ、口が切れて腫れ上がっている。
その前に、上役っぽい大小二人の男が立っている。大きい方の黒ヒゲたっぷりの男は腕組みをしてふんぞり返り、小さい方の頭頂部がスダレになっている男が、さっきからペラペラと喋っている。
「お前ら能天気な風露の者どもには分かっていないだろうが、あの集落の産物は世間でプレミアが付いている。お前らが惜し気もなく交換している価格の何倍もの値段で欲しがる金持ちがワンサといるのだ。風露を支配下に置いて旨い汁を吸いたい輩は、そこいらにごまんといる」
「うむ」
喋るのはスダレ禿げの役割のようで、黒ヒゲは偉そうに頷くだけだ。
「蒼の一族が消えちまってからそれを考える奴は多かったんだが、あそこには蒼の長の息子がいるって噂で、皆二の足を踏んでいたんだ。俺らはまあ、ガキを拐って楽器の二つ三つブン盗ってやる位のつもりでこの山に来たのだが。笛の音を頼りに忍んで来たら、とんでもなく美味しいエサが転がっていた、って話だ」
「それ程美味しくもないよ」
青年は濡れた岩壁に押し付けられながら、ぶっきらぼうに言った。
「僕は落ちこぼれだもの。職人に成れない者は、あの部族では価値がない」
タゥトの隣で、ファーの肩がブルッと震えた。
「蒼の長の息子だろうが?」
「うん、それもあのヒト達にとっては無価値だ。貴方達が蒼の長の息子なんてどうなったっていいと思っているのと同じに、あのヒト達もそう思っている」
「へっ! 苦しい言い訳しやがって。そんな訳ねぇだろが」
一瞬怯んだ男達だったが、スダレ禿げが大きな声で否定すると、すぐに皆そうだそうだと態度を戻した。
「口先だけならどうとでも言える。どうだ、このベッコウの留め具に宝貝のボタン。お前が大事にされている証拠だ」
「そんな物、楽器の端材で幾らでも出るんだよ」
「ほほぉ!」
男達はよだれを垂らしそうなイヤらしい顔をした。
「よぉし! そこまで言うのなら今すぐ風露の関に乗り込んで、お前の喉に刃物を当てて試してやろうではないか!」
「ガキ共はどうする?」
「風露の者じゃないだろう。いらん、いらん、川に放り込んじまえ」
えっ・・!?
タゥトは、今のは冗談か聞き間違えか? 一瞬思考が停止して、それから頭が芯まで凍り付いた。
「待って! その子達は関係ないだろ!」
青年が初めて大声を上げて抵抗したが、男達に乱暴に押さえられた。
「おい、何も放り込まずとも」
黒ヒゲが言ったが、スダレ禿げは肩を竦めて彼を見上げた。
「今の話を聞かせて放てる訳がないだろう。同じ汁を吸おうって輩が群がって来ちまう」
「うむ、なるほど」
「やめてってば! 何でもあんたらの言う通りにするから!」
「兄ちゃん、自分の立場が分かっていないな。これから嫌でも言う通りにするしかないんだぞ。おい、ガキども早く放り込んで来い」
タゥトの胸が早鐘のように鳴る。
この大人達はそんな恐ろしい事を、朝御飯でも食べるみたいに簡単にやろうとしている。村の大人が冗談めかして言う脅しとは違う、本気なんだ。
あのお兄さんの腕っぷしは期待出来ない。
隣のファーは?
怪我をしている上に、自分よりもガッチリ厳重に、後ろ手に縛られている。
考えなくちゃ! 縛られて動けないファー、頼りにならないネガティブなお兄さん、三人を助けられるのは自分しかいない!
「イヤな仕事は、みぃんな俺かよ」
大柄だが風体の冴えない男が、ぶつぶつ言いながら二人の子供をまとめて肩に担ぎ上げた。
「ギャア!」
男の悲鳴と共に、タゥトは地面に落とされた。
転がりながら目に入ったのは、今まさにファーを踏みつけようとしている大男。
「こいつ、また噛み付きやがった」
「だめっ!」
タゥトは渾身の力で、手足を縛られたままバッタみたいに飛んで、ファーに覆い被さった。
男の踵が脇腹に入る。
「ぐうう・・」
「ほおほお」
男達がニヤニヤしながら口笛を吹いた。
「大したナイト振りだな、ガキの癖に色気付きやがって」
「そんなんじゃない!」
タゥトはもう一度ファーに被さり、噛まないように細心の注意を払いながら一気に喋った。
「西風の長様と約束したんだ! 『蒼の姫君』を『約束の殿方』の元に送り届けるまで、全身全霊お護りすると!」