風の足跡・Ⅰ
文字数 1,890文字
ファーとタゥト、そしてナユタの三人は、三年前まで蒼の一族が飛び回っていた草原を、端から端までてくてくと旅をした。
青く連なる山々の向こうは人間のいう隣国で、その向こうはよく知らない。世界は果てしなく広く感じた。
でもファーもタゥトも、以前の焦りをもう感じていなかった。
ナユタが旅に加わって、何かが特別に進展したって訳ではない。
彼に会うまでの二人は、蒼の里が行方知れずになった原因を突き止めようとしていた。
何か大きな敵が現れたんじゃないか? 災害が見舞ったんじゃないか? と。
しかし誰に聞いても、蒼の妖精達は日常の続きを平凡に行なっていただけだった。
大きな災害が起こったという話もない。
もっとも子供二人に突き止められる程度の事態なら、とっくにシドか誰かが解明していただろう。
どんなに高い山でも歯を喰いしばって登る覚悟があるのに、山すら見付からなけりゃ、気持ちだって萎える。
二人が風露に蒼の長の息子をを訪ねたのは、そんな焦りの末だった。
ナユタが加わって、蒼の里捜しに進展はなかったが、何も変わらなかった訳ではない。
例えばファーが眉間にシワを寄せてガミガミ言うのが減った。
タゥトがむくれてワガママ言うのもなくなった。
何でかというと……
「では最後に蒼の妖精が来たのは、川の増水を見に来た時で……」
いつものように村人に情報を聞いている二人の遠くで、ナユタの頓狂な声が上がる。
「ファー、タゥト、見て見てっ! 川で布をサラシテルんだって。すっごい色が変わるんだよ!」
「ナユさん、今はそんなの関係なくて……」
「でも、あ、ほらほら、今度はあーんな長い布。綺麗だねえ!」
「もっと近くでご覧になりますか?」
「え、いいんですかあ!」
てな感じで、村人に勧められるままに、裾まくりして川にザブザブ入って行っちゃったりする。
で、頬を染めた娘ッコに、やってみますかと布を渡され、案の定掴み損ねて流れる布を追い掛け、案の定滑って転んで溺れかけるのだ。
ファーは呆れてガミガミ言う気力も失せ、タゥトはワガママ言っている場合じゃなくなる。
子供二人は旅の最中、出来るだけそこで生活する者達の邪魔にならぬよう心掛けていた。
ナユタはその真逆。でも……
毛布にくるまれ震えながら焚き火に擦り寄る青年に、村人達は笑いながら熱い湯茶を勧める。
その笑顔は、二人の知る『当たり障りのない愛想笑い』とは別の物だった。
「思い出したよ、前に蒼の妖精さんで、あんたと同じ事をやらっしゃった方がいたよ」
「へぇ?」
「ほら、おめぇが若い時」
「ああ、あん時ね! シュッとしたイイ男でね、いつも来なさるのを楽しみにしとったっけ。で、あたしもウブだったから、構って貰いたくて、わざと目の前で布を流したんだ。したら、拾ってくれようと川に入って、ズルッザブン」
「悪いと思ったけど、皆で大笑いしちゃったさ」
そんな感じで、そこを離れる時は沢山のお土産と、何だかそれ以外の物も沢山貰っているのだ。
ナユタが加わって一気に飛べなくなった分、歩みは遅くなった。
でも、早足だと見逃していた足元の物を、ゆっくり歩いて拾えている感じだった。
「ああ、そう、昔、軒から落ちた鳥の雛を戻そうとしてくれて、やっぱりそんな風に落っこちた蒼の妖精さんがいたっけ」
通りすがりの木霊の森で、雨漏りの修理を引き受けて案の定落っこちたナユタの背中に湿布を貼りながら、木精のお婆さんがしみじみ言った。
「蒼の妖精でもそんなドジなヒトがいるんだ?」
「でもね、獣達が争って殺伐としていたこの森を、粘り強く皆の話を聞いて治めてくれたのよ。またあんな事が起こったら、今は助けてくれるヒトはいない。不安でしようがないね」
「……」
台所で薬湯を煮ていたその家の娘が、ひょっこりと顔を出した。
「ドジったって、あの方は確か蒼の妖精さんではなかったでしょ。だから仕方がなかったじゃない」
「えっ?」
「肌の色が焦げ茶だったもの。そうそう、南方から蒼の里のお手伝いに来ているって言っていたわ。中々のイケメンだったよ、うん」
ファーが目を真ん丸にして、息を吐くみたいに言った。
「西風の?」
「ん? うん、そうだったかしら」
「シド?」
「ああ、そうだわ、シドさんだった。何、あんた知り合い?」
「……父さま」
旅は、蒼の一族の行方を探すというより、彼らの足跡を辿っているみたいになっていた。
三人とも蒼の一族を殆(ほとん)ど知らない。
その三人が、少しづつ紐解くみたいに、蒼の妖精という存在を肌で感じるようになって行った。
そうして草原の短い夏が瞬く間に過ぎ去った。
~後編へ~