柘榴・Ⅳ
文字数 1,684文字
「嬢ちゃん達、本当に一緒に来ないかい?」
草が立ち上がったばかりの、ひんやりした草原。
今越えて来た山が後方で春霞に埋もれている。
「はい。ファー達には、やらなければならない使命があるの。おじさん達とお別れするのはとても寂しいけれど」
ファーとタゥトは、旅のテキ屋の一団に囲まれていた。
山向こうの街の市場で働かせてもらい、そのまま世話になって、一緒に山越えをして来たのだ。
本当はファーが馬を飛ばせれば、こんな山ひとっ飛びだ。
でもファーが強く希望して、彼女の馬は一座のお年寄りと大きな荷物を運ぶ役割を担った。
お陰で一座は、いつもの半分の労力で山を越える事が出来た。
タゥトはブーたれるかと思いきや、自ら馬で運ばれるのを断って、荷物を担いで険しい山道を歩いた。
何でだかそうしたかったし、山越えを終わるとマメだらけの足の違う自分になれた気がして、物凄く嬉しかった。
「これを持って行きなさい」
一座の長の男性が取り出したのは、数日前に二人が取り上げられた銅貨の袋。
「貰えないわ。お仕事の報酬だったらもう食料で貰ったもの」
「旅をするなら現金が必要だぞ」
「おじさん達だって旅をしているじゃない」
一座の大人達は苦笑した。
この風変わりな娘の頑固な理屈の通し方は、ここ数日でよく分かっている。
それにしても、彼らの世間知らずの度合いはかなり心配なのだ。
「じゃ、坊主にやる。このお嬢ちゃんに女っ気のある装飾品の一つでも買ってやれ」
タゥトは差し出された袋の前で、眉を八の字にした。
「僕達本当に要らない。だったら、笛吹きさんが踊り子のお姉さんに買ってあげればいい」
「!! ばっ!!」
一同、一瞬止まって、堪えきれない含み笑いを頬に溜めた。
笛吹きは一座で一番大人しい若者で、鼻っ柱の強い踊り子をそっと想い続けている。
周知の事実だが、皆頑張って触れないようにしていたのに。
座長は観念して銅貨の袋を引っ込めた。
「じゃあ、これを持って行かないか?」
気の弱そうな笛吹きがそっと進み出た。
手には赤ん坊の拳位の丸笛。小さいが造りは凝っていて、花や鳥が美しい螺鈿細工であしらわれている。
ファーは目を見開いた。実は笛吹きの胸にかけられたそれに、いつも目を奪われていたのだ。
「でも、笛がなくなったら笛吹きさんは困るわ」
「いや、この間新しいのを手に入れたのでこれはもう使わないんだ」
「本当に?」
「ああ、これなら荷物にならないし、いざという時売ればちょっとはお金になる」
「売ったりなんかするもんですか!」
楽士に笛の革紐を掛けられて、女の子は弾けるような笑顔になった。
馬上で手を振る二人の子供が見えなくなってから、踊り子が笛吹きに話し掛けた。
「あんた、よかったの? あんな貴重なプレミア物。売って欲しいって金持ち一杯いたでしょう?」
「う、うん、ごめん……」
「何で謝んのよ、責めてんじゃないわよ」
座長が割って入った。
「まあまあ。あの子達の向かっている北の草原は、風の民が姿を消してから治安が悪い。野宿などは避けた方がいいからな。あれならいざという時に売れば相当な額になる。何せマニアの間で垂涎(すいぜん)の、風露ブランドの箔入りだ」
「でも売らないですよ、あの二人は」
楽士の声は小さかったが、何故か隅々の者にまで聞こえた。
それから、いつの間にか隣に来た踊り子と皆ともう一度、子供達の去った薄紫の空を眺めた。
***
《 どうした、誰か来るのか? 》
まだ冬枯れに覆われる湿った草原。
カタカゴ咲き誇るハイマツの丘に、二つの人影があった。
地面に耳を付けていた子供がゆっくりと起き上がる。
カタカゴの花びらの付いた頬は片エクボを作って微笑んでいた。
彼の背中には、斜めに閉じた緋い片羽根がある。
もう片方の影は、実態を明確にせずユラユラと揺れている。
《 お前が笑っているのなら、来るのは『良きモノ』であろう 》
そう言って影は揺らめきながら、周囲の草原を見渡した。
蒼の里があった筈の、広い広い、何もない草原。
《 本当に、きれいさっぱり消えてしまう物なのだな・・ 》
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