君影 明日の君に・Ⅴ
文字数 2,103文字
「我が娘は往生際が悪いな」
ハトゥンが地獄の使者みたいな有り様で降下して来て、老人達に絡め取られたルウの前、屋根ほどの高さの空中で停止した。
鞍の後ろにはぐるぐる巻きの荷物。頭からムシロを被され、太い荒縄で隙間なくビッチリ縛られている。
「同盟式に同席って恰好じゃないだろぉお――っ!」
「知らぬわ。この俺様が今日という日まで大人しく我慢していた方を奇跡と思え」
そう言って、息も絶え絶えにピクピク動いている荷物を片手で軽々放り上げ、縄を掴んでブンブン振り回し始めた。
「耳に粘土を詰めて目隠しさるぐつわ。自分が今どこでどうなっているか、いやもう、上も下も分からんだろうな。鮫の巣に放り込まれるか、火喰い蟻塚のど真ん中か、どちらがいい? って聞いてやったから、恐怖で発狂寸前かもしれん。こいつはそれだけの目に遭う所業をやらかしたんだ」
「父者、お、降ろして、早く降ろしてほどいてやって」
ルウは動きを封じられたまま、父に懇願した。
しかしハトゥンは、光のない黒い瞳で娘を見下ろすばかり。
「お前はこいつの顔も見たくないのだろう? 今更こいつがどうなったって知ったこっちゃないだろ。だが俺は治まらねぇ。俺様の大切な大切な娘をどんな目に遭わせたと思っていやがる!」
段々に声が大きくなって、ハトゥンは鬼の形相で、ムシロを頭上高く振り上げ、地上に向けて投げ付けた。
「ソ、ソラァ――!!」
ルウは少女みたいに叫んだ。
狂ったように老人達を振り払い、衣装を思い切りまくり上げて、地面に落ちる寸前のムシロの頭に飛び付いた。
瞬間、頭の中がフラッシュして、周りがスローモーションになる。
「私はどんな目にも遭っていない。ソラが生きていてくれただけで、他の事なんか、何でもどうでもよかったんだ。顔なんか見たいに決まっているだろ。私には、生涯どうしたってソラしかいないんだから!」
「うあぁあ!」
離れた所から声がして、何もない空間から、二人の人影が転がり出た。
赤いバンダナの少年レンと、もう一人? ・・青銀の髪のソラ?? ・・え!?
「大丈夫ですか、レン」
ナーガが、右手をゆっくり降ろしながらそちらを見た。
彼の前では空間がシャボン玉みたいに揺らめき、振り払われた老人達が、ふわふわトンと地面に降りた所だ。
ムシロを抱いて地面に叩き付けられた筈のルウも、衝撃を受けていない。
ナーガの起こした風が、一瞬で重力の緩い空間を作り上げたのだ。
しかしルウの瞳は、周囲のその他の物は何も映していなかった。
「ソ・・ソラ・・」
レンと一緒に転がる、口を半開きにした蒼白な男性。
十数年ぶりに見る顔は、年月分の皺があるが、ちっとも変わっていなかった。
違うとしたら目の周りの真新しい青いアザ。
じゃ、こちらのムシロは?
「ちゃんと支えていてあげろって言ったろ、レン」
懐のムシロの中から、自力で縄を切って、ソラとは全然違う巻き毛の頭が出て来た。
ルウが思わず飛び退いて、縄を抜ける途中だった男性・・シドは、地面にゴンと落とされる。
「いだだっ・・ぁお! ルウ様っ、スカートスカート!」
「えっ、うああっ」
シドに指摘され、ヘソから下が思い切りあらわになっていたルウは、今更真っ赤になってうずくまった。
「だって父さん、ソラさんが急に前に駆け出すから」
レン少年の手の中には、さっきナーガが持っていたのと同じ、姿を隠す飛びトカゲのなめし皮がある。
その少年の手をエノシラが引っ張って、離れた壁際でちゃっかり見物を決め込んでいるナーガとハトゥンの所まで連れて行った。
「さすがはハトゥンですね。あの『本当にやっちゃうかも感』は、貴方でないと出せません」
「俺はマジで、あいつを簀巻きにしてギッタンギッタンにしてやりたかったんだ。でもシドが乱入して来て、それだけは勘弁してやってくれって膝にすがって懇願するから」
「それ、言わないでって頼んだじゃないですか。ああクラクラする、あんなに思いっきり振り回さなくても」
身代わりで簀巻き役を請け負っていたシドが、縄を振り落としながら、遅れて歩いて行った。
老人達もそちらへ引き揚げて来る。
「久し振りに長殿の黄色い悲鳴を聞いて、若返りましたぞぃ」
遺跡の丸い床にポツネンと残された二人。
ルウは茫然と尻もちを付いたまま。
ソラは前のめりに転んで四つ這いのまま。
互いに目を見開いて、ただただ見つめ合っている。
「その青タン・・父者か」
ルウがやっと口を開いた。
「会った瞬間喰らいました・・」
ソラがかすれた声で返した。
「あのテンポじゃ、会話が進展するのに三日ぐらいかかっちゃうよ」
レンが呑気に両手を頭の後ろで組む横を、いきなり何かがドタドタと駆け抜けた。
「ファー、こっちこっち」
「タゥト! 待ちなさい、こら」
「てめえら、待ちやがれ!」
「あ、あ、そっち行っちゃ駄目、貴方達」
エノシラの声にお構いなしに、タゥト、ファー、アデルの三人は、石のように固まっているルウとソラの側まで駆けて、周りをぐるぐると回り始めた。
しかしエノシラは、彼らが、さっきは持っていなかった荷物をそれぞれに抱えているのに気付いた。
あれは、・・何?