君影 明日の君に・Ⅶ
文字数 2,464文字
花を投げ終わった里人達が、腕まくりをしながら話し合っている。
「さてさて準備をしなきゃ。婚礼の宴ってやるの? 同盟式の酒宴と込みでいいの? あ、料理は寿(ことほぎ)の盛り付けに変更よ」
「あらら、貴方達は、この計画、聞かされていたのじゃないの?」
エノシラが不思議そうに聞いた。
「いえ、私は聞いていないわ。誰か聞いていた?」
先程釜戸の前でキャラキャラ笑っていた娘達も、同様に首を横に振った。
「何日か前から妙な噂は流れていたけれどね。同盟式の日に、ハトゥン様が凄いサプライズを運んで来るとか。どこで聞いたんだっけ」
「あら、貴女が言ったんじゃなかった?」
「え、私は貴女に聞いたと思っていたわ」
皆が口々にさざめき、最初の娘が取りまとめるように言った。
「とにかく皆ウキウキして張り切っちゃって。今朝もお料理しながら盛り上がっていたのよね。そしたら長様のご登場!」
「へ?」
ソラと二人、離れた階段に腰掛けて、何気なく会話を聞いていたルウシェルが、ポカンと口を開いた。
「一目で分かったわよね」
「そうそう、あっ、今日ってもしかして? って」
ルウは、自分の格好を見下ろした。祭りの時にしょっちゅう着ている祭祀用の衣装なのだが。(既にズタボロ)
「違いますよ、衣装じゃなくて、その花」
「花?」
髪に編み込まれた白い花……? に、手をやる。
「だってその花、『とっておきの幸せが貴方に訪れる』って意味があるんですよ。私達の間では、いざという時にお友達にあげる、最上のお祝い品だわ。だから女の子ならぜったいにピンと来ます」
「…………」
「その後ファー達が、里中を駆け回って、空を指したの。ハトゥン様が『誰か』を簀巻きにしてこちらに降りるのが見えて。よし、いまだ! って」
「一斉に花カゴを掴んで駆け出したよね。早かったわぁ、皆」
「…………」
ハトゥンがズカズカと歩いて来て、ルウの顔を覗き込んだ。
「まことに素晴らしき里衆だな、娘よ」
***
里人達は集落へ戻り、遺跡の階段では疲れ果てたルウが、睡眠不足も重なって、半分気絶状態でぐったりとしている。
隣のソラ……リューズも、肩を占領されて身動き出来ず、これまたぐったりしている。
元老院の老人達もその光景に目を細め、一旦引きあげようとぞろぞろ歩き始めた。
調印式にはまだ時間があるのだ。
「馬で送りましょう」
シドとレンが、隠していた馬を曳いて来て、年寄り達を丁重に乗せた。
「あ、ひとつ、教えて頂けますか」
ナーガが何気ない風に、去りかける馬上の老人に話し掛けた。
「遺跡の陰に隠れていて下さいって、私が手紙で頼んだのですよね?」
「ああ、手紙には隠れていろとしか書かれておらんじゃったが、あそこで引き止めるのがわしらの役割だろうと。咄嗟に動いたのじゃが……もしかして、違うのじゃったかいの?」
ちょっと不安顔になる老人の一人に、ナーガはにこやかに答えた。
「いえ、身体を張らせてしまって申し訳なかったと」
「いやいや、仲間に入れて貰えて、嬉しや嬉しや」
老人達が曳き馬で去った後、ナーガは今度はエノシラに向いた。
「ええと、エノシラ」
「はい……」
何かを察したエノシラが、ちょっと緊張顔で控えた。
「あのですね、私が手紙で、ルウにお洒落させて踏んづけそうな長い衣装を着せておけって、頼んだのですよね?」
「は……い」
答えながらエノシラは、一生懸命思い出そうとした。
蒼の里から鷹が来て、いつものようにファーが手紙を外して・・・・
「俺も一個聞いていいか?」
エノシラが考え込んでいる間に、ハトゥンが片手を上げた。
「なあ、今回の同盟って、ナーガが言い出しっぺなんだよな? 今が丁度良い時期だからって。で、アデルに手紙を持たせて、そっちから連絡をくれたんだよな?」
「…………」
ナーガは一点を見つめて止まっている。どう返事しようかと途方に暮れている顔だ。
ハトゥンもだんだん不安顔になって来た。
「それで、今日ここにソラを運んで来て強引にルウに会わせちまおうって計画したのも、ナーガだよな? だから先にうちに寄って馬を貸してくれたんだろ?」
だが、その時にちょっと話が通じにくかったのを、ハトゥンは思い出した。
自分は、「ソラをぶん殴りに行ける!」という歓びで頭が一杯で、深く話もせずに飛び出してしまったのだが。
まさか・・・・
エノシラが、そっと三人の子供を見た。
ファー達は散らばった花飾りの掃除をせかせかとやっている。
「はいはい! そうでした!」
二人の思考を中断するように、ナーガが手をポンと打った。
「いろいろ計略する事が多すぎて、ど忘れしちゃった事もあるようです。貴方達もご苦労様でしたね」
ナーガに声を掛けられて、三人の子供はペコリとお辞儀をして、また掃除に戻った。
里に噂を流したり、新郎の長衣を持ち出したり、カーリにヴェールを編ませて運んだり。
すべてナーガが子供達に頼んでやらせた事。なるほど、それなら頷ける。
エノシラはホッとした。そう、ファーにいくら手紙をすり替えるチャンスがあったとしても、やっぱりあり得ないわ。
特に元老院の老人には、ややこしい形式に古語も交えた難しい手紙を書かなきゃいけない。
そんなの子供に捏造出来る訳ないじゃないの。
(まったく何を考えているの、私ったら……)
ハトゥンも思い直した。アデルにそんな策略が出来るものか。
飛ぶのが早いから機動力だけはあるんだろうが、まだまだ大人の言う事を聞いているだけのガキンチョだ。
他の連中はともかく、ナーガまで謀(たばか)るなんて有り得んだろ。
(やれやれ、俺もヤキが回ったモンだぜ……)
胸を撫でおろす二人から離れた石段で、リューズがゆっくりと顔を上げ、黙々と花飾りを拾う息子(タゥト)を見た。
俯(うつむ)く灰色の巻き髪の下の口が、静かにほくそ笑んでいるのが見えた。
仲間の特性を最大限に利用し、最後にナーガ様が全部被ってくれる事まで、折り込み済みだったんだろうな。我が息子ながら・・いや・・
(我が息子過ぎて、嫌になる……)