風の足跡・Ⅱ
文字数 1,517文字
季節は風を変え、草原を黄金(こがね)に染める。
三人の旅はすっかり様変わりしていた。
『蒼の里を捜す』という本筋は変わらない。
しかし行く先々で、何だか色々やる事が出来た。
「うちの子の癇の虫がどうこう」
「隣村とのいさかいがどうこう」
ナユタを蒼の妖精だと思って持ち込まれるそういった相談に、あちこちで見聞した知識が結構役に立ったのだ。
特にいさかい等は、双方の言い分をしっかり聞くと、落とし処が見えて来たりする。
三人に大した知識が備わった訳ではない。
ただ、はめ込めばいいパズルのピースの有り場所を知っているだけ、という所だった。
「蒼の一族の始まりもさ、こういった感じだったんじゃない?」
すっかり行者然な風貌となったナユタが、ハイマツに腰掛けながら言った。
今三人は、蒼の里があったという草原台地の、ハイマツに覆われた小高い丘の上にいる。
ここには何度か訪れているが、どんなに目を凝らしたって、やはり蒼の里のカケラも見えない。
「こういった感じって?」
生っ白くてヒョロヒョロだったタゥトは、逞しく日焼けして一丁前に力こぶが作れるようになった。
「最初にここに住み着いた連中が、頼まれたら断れないタイプでさ。面倒見が良過ぎて、それが当たり前になって、何だか信仰されて、否定するのも面倒だからと放っといたら、神サマ扱いになっちゃった」
「あはははは」
「無茶苦茶ね」
ファーはびっくりする程背が伸びた。
おさげを切り落として短髪にし、顔をほっそり見せているせいもある。
うなじや肩のラインも滑らかに大人びて、旅立った時とは別人だ。
それから『ファーは』って言うのをやめた。
「あたしは、蒼の一族の歴史を母さまに教わった。そんなんじゃないわよ」
「はいはい、何べんも聞かされていますよ。ずーっと昔に西の山から降りて来た、神サマに近い種族だろ。でも誰が見ていた訳じゃなし、歴史なんて後になって何とでも言えるじゃない」
顔を上げて口を尖らせるファーに、ナユタは文句を言わせる暇なく喋り続ける。
「じゃあさ、僕らが、ここから始めてみようか。パォを建てて井戸を堀り、家畜を飼って畑を作る。近隣の村のよろず事を引き受けながら、便利屋として暮らすんだ。蒼の里一丁上がりってね」
言っている事の奔放振りに、ファーはいつも怒るのを忘れて笑わされてしまう。
「ふふ、そう出来たらいいわね……」
夕陽の陽射しがあるのに、毛布にくるまってうずくまる彼女の顔は土気色だった。
西風の妖精は寒さに弱くて、北の草原の冬は越せない。
「あたしは蒼の妖精の母さまの血が入っているから、結構大丈夫よ」
そう言っていたファーだが、風が冬の空気を孕んで来ると、みるみる体調を崩して行った。
「明日にはきっと元気になるわ。今日よりは暖かくなりそうだもの」
「そうだねファー、だから今晩はもう休みなよ。後はやっとくから」
「うん、ごめんね、タゥト」
気丈夫のファーが素直に弱い声で言って天幕に入る様を見て、男二人は顔を見合わせた。
「タゥトは大丈夫なのか?」
「うん、慣れないからちょっとだけ堪える程度。まだまだ動けるしファー程じゃないよ」
二人してへこたれる訳には行かないから、言わないだけなのかもしれない。
本当の冬が来る前に南に戻り始めないと、多分取り返しがつかなくなる。三人は口に出さなくてもそれを感じていた。
だからキリを付ける為に、ここへ来たのだと。
――旅を・・終わらなければならない・・
「ナユさん、一緒に南に行こうよ。ナユさんなら砂漠の真ん中でも海の底でも逞しく生きていけるよ」
「ヒトをバケモノみたいに…」
それきり二人は、薄暮に色をなくして行く草の海を見つめて黙ってしまった。