柘榴・Ⅱ
文字数 1,747文字
タゥトとファーの前に立った女性は、男達よりずっと小柄で細いのに、背筋をシャンと伸ばして負けていなかった。
黒髪をキリリと結い上げ、キラキラした黒い瞳も紅い唇も、状況を忘れて見惚れてしまう程綺麗だ。
「もういいでしょう。この子供達二度とあんな事しないわよ」
「あんたがこいつらの親か?」
「赤の他人だけれど、通りすがりにこんな場面に出くわしたら、止めざるを得ないでしょう」
「ふ、ふん、まあしようがない」
男達も、この女性の威圧感にちょっと飲まれたみたいだ。
ドタドタと乱暴な足音をさせて男達が立ち去った後、女性は肩を竦めて、しょぼくれている子供を見下ろした。
「僕達の銅貨ァ」
「ええ、でも、あなた方の物ではなかったのよ」
「だって、ファー達が芸をして、集まったお客さんがそれに払ってくれたのよ。それがどうしてファー達の物じゃないの?」
女性はもう一度肩を竦めて、努めてゆっくりと話し出した。
「うーんと、じゃあね、市場をやっていなくて、日常の生活をしているただの街だったら、貴方達の袋にあんなに銅貨が入ったかしら?」
「?? んっと?」
「石榴の木の下でどんなに叫んでも、皆は子供がふざけているとしか思わない。勿論誰も足を止めたりもしないわ」
「……」
「今が市場で、街中がその雰囲気になっているから、皆も大道芸に銅貨を払う気持ちになっている。言わば市場全体で皆の財布を緩める空気を作っているのよね」
「……」
「市場は、一つ一つのお店が勝手に集まってやっているのではない。あの男のヒト達がちゃんと話し合って運営しているの。そうして苦労して作った場所に、子供だからって甘えて入り込んで勝手な事をやったら、そりゃ怒られるわよ。
いい? お客さん全体が大道芸に払う金額は変わらない。あなた達は、正規の芸人さんの取り分を盗んだのと同じなの。だから銅貨も返さなきゃならなかったのよ。あら」
気付くと、女の子の方が鼻を赤くして目に一杯涙を溜めている。
「ま、まあ、怖かったのよね、分かんないわよね、子供だもの。これからは気を付けなさいな、じゃあね」
女性は、罰悪い顔をして、二人から離れた。
黒髪の女性は、墨で線を引いたようなポニーテールをなびかせて、人混みと反対方向に歩いた。
街入り口の馬繋ぎ場に小さな休憩所があり、木陰のベンチに座っていた男女二人が手を振った。
彼女と同じ肌色の、バンダナに羽根飾りの男性と、飴色の肌にキノコみたいなソバージュ髪の女性。
「お帰り、シータ。いいビーズはあったか? ・・どうしたの?」
女性の方が、表情の冴えない黒髪の彼女を覗き込んだ。
「ああ、ちょっと落ち込む事があったの。はい、綺麗な色の陶玉があったわ、カーリに半分あげる」
「わぁい!」
嬉しそうにビーズを選り分ける女性達の横で、男性は広げていた地図から顔を上げた。
「シータが落ち込むコトって、実は端から見たらどうって事ないコトだったりするからな」
「そんなに複雑じゃないわよ。子供を泣かせちゃったの」
「シータを見ていきなり泣き出したのか?」
「まさか!」
男性は冗談で軽く言っているのだが、シータと呼ばれる女性はどうやらムキになる性質(タチ)のようだ。
「子供が広場で大道芸の真似事をやって、路地裏で叱られていたの。殴られそうになったから止めたのよ」
「ええっ!」
男性は真剣な顔になった。
「何て無鉄砲するんだ、突き飛ばされて転んだらどうするっ」
「ヤンは心配性過ぎるわ」
女性はお腹に手をやった。
「安定期に入っているもの。ちょっとやそっとは大丈夫よ。それより子供って難しいわね。泣くタイミングがちっとも分らなかったの。駄目だわ、私こんなのでちゃんとお母さんになれるのかしら。それで落ち込んじゃったの」
「ま、まあ、シータのお説教をマトモに食らったら、子供でなくても泣くからな」
デリカシーのない男性を横に押しやって、カーリと呼ばれた女性が割って入った。
「心配する事ないよ。シータのお説教は分かりやすいもの。その子供にもきっとちゃんと伝わっているよ」
「そうかな」
「うんうん、すぐには開けられない箱でも渡しておけば、いつかふと開けられる日が来るんだって。これ、エノシラの受け売り」
「だといいんだけれど」
黒髪の女性は、もう一度お腹を撫でて、溜め息した。