星霜・Ⅱ
文字数 2,214文字
「えっ??」
――・・ パシリ! ・・
甲高い音と共に、自分の立っている所から、十字に火花が走った。
びっくりしている間もなく足下の地面が消えて
「ああっ、うわっ!」
タゥトは腕をひと掻きして、落っこちた。
落っこちたといっても一瞬で、次の瞬間には土の地面に尻餅付いて、尾てい骨を打った。
「痛ったぁ」
身を起こして驚いた。
さっきまでの夜闇と星は何処へ行ったのか、そこは明るい昼間だった。
しかも草の海の草原ではなく、赤土が踏み固められた、ヒトの気配のある何処かの村だった。
「ナユさん、どこ?」
一本道を歩いて来るヒトがいる。
しかしそれはナユタではなく、ボサボサの長い髪が広がる、痩せた若い男性だった。
何かのガラクタが詰まった大きな木箱をズルズルと引きずっている。
髪の色が水色がかっている。蒼の妖精?
まさかもしかしてここって蒼の里?
胸がドクンと波打った。
が、その男性はタゥトの方を見もせず、しかも近付いても姿がハッキリしない。
輪郭がぼやけてユラユラして、水鏡に映したようなのだ。
幻? 自分は夢を見ているのか?
タゥトは一生懸命ピントを合わせようとした。
《 ――見るな! 》
耳元でさっきの声。
振り向いたが誰もいない。
声は今度は反対の耳に移った。
《 時間が大分ずれている。波長を合わせてしまうと戻れなくなるぞ 》
「誰なのっ?」
辺りを見回そうとしたが、白い靄(もや)が急に立ち込めて、何も見えなくなった。
さっきの木箱のヒトも消えている。
今度は後ろにパタパタと足音がした。
ナユさん? 今のヒト?
振り向くと、そちらの靄が晴れて一人の子供が駆けて来る。
飴色の肌に、鮮やかなオレンジの瞳。
やはりぼやけているが、その女の子を見てまた胸が波打った。
ええっ!? この子って?
硬直している間に、子供は目の前まで迫った。草を丸めた球のような物を蹴っている。
ぶつかる! と思った瞬間、球も子供もタゥトを素通りして後ろに駆け抜けた。
笑い声がこだまみたいに遠ざかって行く。
彼女を追い掛けるように、また一人の大人が現れる。
今度のヒトはぼやけていても、タゥトにははっきり分かった。
「エノシラさん!」
ファーのお母さん。面影はハッキリしているが、ずっとずっと若い。
待って、ルウ! と遠くに聞こえて、彼女もタゥトを通り抜けて消えた。
陽炎みたいに靄が立ち込める中、タゥトはそっと聞いてみた。
「あれは西風の長さまの子供の頃の留学時代? ここは蒼の里? 時間のずれた過去の蒼の里?」
《 聡い、子供 》
さっきの声が答えてくれた。
《 では心を無にしてじっとしているのだ。もうじき時間軸が合う。さすれば元の場に戻る道筋も開けよう 》
「ホント? よかった、あの、貴方は誰?」
《 心を無にしろと言ったろう 》
それから時々靄が晴れては、色んなヒトや馬が通り過ぎたけれど、タゥトは耐えて突っ立っていた。
周囲の風景はスローモーションみたいにカクカク動いたり、急に流れるように速くなったりした。
ナユタやファーがどうなっているか気になったけれど、声の言い付けに従って何も考えないように努力した。
今度こそ、心を無にするのが難しくなった。
目の前に歩いて来た二人の男の子の片方が、飴色の肌のファーだった。
直感で、ファーの捜しているお兄さんだと思った。
輪郭の揺らめきも少なくなって、声もはっきりと聞こえる。
きっと時間が今現在に近付いているんだ。
――めっきり寒くなったなぁ。厩番さんに、お前ら大丈夫かって心配されちゃったよ。砂漠に帰る事、そろそろ考え始めなきゃ駄目かな――
――長殿は、日にちは僕らが決めればいいって仰っていたよ、レン――
――雪は見たいよな、カノン――
タゥトは背筋に電流が走った。
レンと呼ばれたファーの兄の横を歩く、青銀の髪の少年。
記憶が蘇る。
うんと小さい時、森で出逢った父様と同じ髪色のカノン!
あの時この子は父親に会いに来ていたんだ!
《 馬鹿者、行くな! 》
さっきの声が響いたが、最後の方が小さく遠去かった。
「あっ!」
タゥトは前のめりに転んだ。
「大丈夫?」
目の前に少年の顔。
砂漠の月の屋根で見つめた西風の長様と同じ、オレンジの瞳。
「君、どこから現れたの? 空から降って来たの?」
ずれた時間に飛び込んでしまった! これってどうなるの、引き返せないの!?
キョロキョロするタゥトに少年は手を差し伸べた。
青銀の前髪の下の斜めの傷痕までくっきりと見える。
「あれ? 何処かで会った?」
「うぅんっ」
タゥトは跳ね起きて、顔を隠すように背中を向けた。
「さっきのヒト? ねえ、さっきのヒト!?」
耳元の声はもう聞こえない。
あのヒトの声の届かない過去の時間に入り込んじゃったんだ!
「カノン、そいつ蒼の妖精じゃないぞ。怪しくないか?」
レンが胡散臭そうにねめつける。
「僕達だって蒼の妖精じゃないだろ。ね、君、誰かとはぐれたの? 一緒に捜そうか?」
「~~~~!!」
タゥトは、一生懸命一生懸命考えた。
目の前の少年達は、もうすぐ砂漠に帰ると言っていた。
自分が迷い込んでしまった場所は、多分彼らが留学した三年前の秋。
稲妻みたいに閃いた。
今なら防げるかもしれない!
この後何かが起こって、蒼の里がどうにかなって、彼らは帰り損ねるんだ。
自分の力で防げなくても、蒼の長とやらにその事を告げれば!