星霜・Ⅰ

文字数 1,424文字

 
   
 満天の星夜に天の川が横たわる。
 明日からは、旅の終わりの期間に入る。

 野営の天幕を離れ、ナユタは独り、草原の真ん中まで歩いて来た。
 ここで記憶の端の父や姉が、蒼の妖精の日々を営んでいた。
 彼等は今、何処かでこの天の川を見ているのだろうか。

 パキリと草を踏む音に振り向くと、タゥトだった。
「寒いんじゃないか?」
「うん、平気。ナユさんがいなかったから、ちょっと心配した」

「散歩したかっただけだよ?」
「いなくなっちゃいそうな気がして」
「まさか」
「蒼の里みたいに」
「…………」

 月が沈むと星々は輝きを増し、漆黒の中、何処までが空で何処から地なのか分からなくなる。

「僕はとうとう君達の役に立てなかったね。せっかく手を握って一緒に来てと言ってくれたのに」
「……」
「ヒトにあんな風に求められたのは初めてだったんだ」

 タゥトは空を見上げて白い息と共に言葉を吐いた。
「蒼の里が、ヒトに安心を与える信じる心の依り処なら、僕はもう見付けているのかもしれない」

「え?」

「ナユさん、前にお姉さんの話、してくれたでしょう」
「うん……」
「僕のお姉ちゃんもね、スゴい綺麗で、スゴい頭がいい。そして、母様の巫女の才能をちゃんと受け継いでいた。約束されて生まれて来たみたいなヒトだった。小さい時から母様に付いて厳しい修行をしてた。
 僕は男で何も受け継いでいないから、何もやらなくていいって言われた」
「…………」

「母様が死んで、お姉ちゃんが巫女を継ぐ事になって。その日の夜、父様がお姉ちゃんに、本当の事を話すって言ったの。ねえ、そんなの扉の向こうで聞いちゃったら、思わず耳を澄ませちゃうじゃない」
 タゥトはナユタの方に向き直った。
 彼は真っ直ぐにこちらを見つめている。

「お姉ちゃんの本当のお父さんは父様じゃなかった。それはいいんだ、何となく気付いていたから。その後の話…… 僕が生まれたせいで、不幸になっちゃったヒトがいる」

「えっ? タゥトのお父さんが、そんな事を言ったの?」

「言い方は違ったけれど、どんなに繕ったって結果そうなんだ。『この子の存在が、幸せにしたいヒトを不幸にしてしまった』、僕はそう思われながら育って来たんだなって。この子さえいなければって、何回も思われたんだろうなって」

「タウト……」

「そう考えたらもう、頭の先から自分がボロボロ崩れちゃってさ。村を出て砂漠に飛び出して、めちゃめちゃに歩いて……」
 タゥトは苦い顔をして、言葉を切った。
「ちょっと喋り過ぎちゃった。こんな事、ファーには言っていないんだ。ナイショね」

「ああ」

「僕の旅の目的は、その不幸になっちゃったヒトに笑って貰う事だった。ぶっちゃけ、そのヒトを幸せにして、『どうだ?』って皆を見返してやりたかった」
「……」
「そのヒトに僕の存在を認めて貰いたかった、不幸にしない存在になりたかったんだ」
「……うん」

 少年は、離れた所にちらつく野営の残り火と天幕を向いた。
「あいつだって一緒だよ。『お兄ちゃん』より大事にして貰いたかったんだ」
「……」

「だけれど、もう大丈夫なんだ。ナユさんがここまで連れて来てくれたから」

 タゥトはもう一度、天を仰いで白い息を吐いた。

「僕達これから、もう誰にも何にも頼らず縛られず、自分の力だけで、大切なヒトを幸せにするんだ。
 蒼の里は、無くてもいい」


 ―― 星々が一斉に瞬いた ――


 
《 噛み合わなかった訳だ。『鍵』が子供の方だったとは 》

 タゥトの耳元で声がした。

「えっ??」







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登場人物紹介

タゥト:♂ 海霧の民

父リューズ、母アイシャ(故人)。11歳ぐらい。

彼が家出した所から物語が始まる。

ファー:♀ 西風の妖精

シドとエノシラの長女。

タゥトと一緒に、捜し物の旅に出る。

ナユタ:♂ 風露の民

母は風露の民だが、父は蒼の長ナーガ。職人見習いとして風露に暮らす。

二人の子供に出会って、運命が切り替わる。

アデル:♂ 砂の民

父は砂の民の総領ハトゥン。ルウシェルの年の離れた弟。ファーより一個上。

ルゥシェル:♀ 西風の妖精

当代の西風の長。蒼の里にトラブルがあった事を受け、西風の里に厳重警戒実施中。

シドさん一家:

シド:♂ 西風の妖精 家長。西風の外交官。月の半分は出張で飛び回る。

エノシラ:♀ 蒼の妖精 シドの妻。助産師で医療師。

子供達:長男レンは行方不明。長女ファーと次女ミィは、家を明るくしようと頑張っている。

リューズ:♂ 海霧の民 (血統的には西風の妖精)

タゥトの父。砂漠の地でトップクラスの術者。海霧の巫女を支える神官。

シア:♀ 海霧の民。

当代の海霧の巫女、予言者。前巫女アイシャ(故人)の連れ子で、リューズの義理の娘。

三峰の皆さん

ヤン:♂ 三峰の狩猟長。独自の情報網を持つ。

シータ:♀ 三峰の巫女。ヤンの妻。

フウヤ:♂ 売れっ子彫刻家。ヤンの親友。

カーリ:♀ シータの親友。フウヤの妻。

カノン:♂ 西風の妖精

ルウシェルの子。父は記憶を失う前のリューズ(ソラ)。蒼の里に留学したまま行方不明。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精

当代の蒼の長。近年もっとも術力が高く、信頼されている長。


シンリィ:♂ 蒼の妖精

ナーガの甥。普段どこで何をしているのか分からない永遠の子供。今は片羽根。

ハトゥン:♂ 砂の民

ルウシェルとアデルの父親。砂の民の総領。いつだってソラ(リューズ)をぶん殴りたい。

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