第65話 カリスマ
文字数 3,701文字
二日後。
王都への入り口にはエルフが編成した軍が配置され、迫りくる魔軍に備えていた。
魔族側にも相当な犠牲は出ていたものの、エルフが先に送り込んでいた勇者や人間兵もことごとく撃破され、共にかなり数を減らしていた。
そしてお昼前。魔軍の最前線が王都守備隊の前に姿を現した。
「魔軍の総数は約二万。
ひとまとまりに力押しでこちらにねじ込んで来るようです!」
偵察の報告を受け、エリカがサリー婆の顔をみながら言った。
「そんじゃ、行ってくるわ」
「ああ、頼んだぞ」
サリー婆と別れたエリカは、王都守備隊の前に出て、一人魔軍に対峙した。
突然目の前に現れた貧相な人間の少女を気にかけるものなど誰もおらず、最前線を突っ走っているオークやゴブリンといった雑兵がそのまま突っ込んでくる。
そして次の瞬間、ナナの身体から半径百m位が、強く輝いたかと思うといきなり火柱を上げて爆発し、その領域にいた魔軍の雑兵達が思い切り吹き飛ばされた。
(すまねえお前達。だがこうでもして見せねえと、お前ら足が止まんねえだろ……)
エリカは心の中で吹っ飛ばした同胞に詫びるが、その思惑通り、魔軍の侵攻の足が一瞬止まった。そしてその隙を逃さず、エリカが大声をあげた。
「止まれお前達! こんなナリをしちゃいるがあたいはエリカだ! 魔王エリカ!!
ふっとばされたくなきゃ、あたいの話を聞け!!」
魔王エリカの名前は、普通の魔族であれば赤子でも知っている。
前線にいた雑兵達に動揺が走った。
「いいかよく聞け! お前達がこのまま王都に突っ込めば大半が死傷するぞ! そりゃエルフ側も無傷じゃすまんだろうが、こんな潰し合いをしてお前らはそれでいいのかよ!? もっと良く考えろ! お前らが犠牲になって誰が得するってんだ!」
すると前線の雑兵の後方から、大層な身なりの将風のものが出て来た。
「パイスバン!!」
周りの雑兵達が「総大将!」とか「大将軍!」と言って騒いでいる。
こいつが今回のこの前線の指揮官なのだろう。
「やれやれ。あなたと言う人は……せっかく今までの功績を評価して、命だけはと思ったのですが、エルフの味方をして、わざわざ殺されに出て来たのですか? まあ、今のあなたでは、こいつら雑兵を吹っ飛ばすのが関の山でしょうが……前にも言いましたよね? その貧相な肉体では絶対私には勝てませんよ。でもまあ出て来てしまったのですから仕方ありません。ここで一騎打ちであなたを皆の前で屠りましょう。さすれば、エルフ側も戦意を喪失するでしょう」
「さあナナ。ここが正念場だ。どのみち魔族の奴らには一度は力を誇示しとかねえと後が続かねえ……しっかし、やり合うにしても、出来ればもう少し格下の将が良かったんだが……まあ、グダグダ言ってても仕方ねえか。そんじゃいくぞ!!」
「うん! 私も頑張るよ!!」
傍目にはどう見ても、貧相なナナの身体に勝ち目はなさそうに思える。
しかし、それがパイスバンの真正面に立ちはだかり、その顔をキッと睨みつけた。
そしてエリカとナナはそれぞれ独自に同じ魔法を発現させる。
「そんじゃ、遠慮なくいくぞ!超身体強化 !」
「何!?」突然、ナナの身体が太陽の様に輝き出し、パイスバンも周りの魔族達も一瞬目がくらんだ。そして、次の瞬間。ナナの身体が一瞬でパイスバンの足元にテレポートしたかと思ったら、そのまま右ストレートをパイスバンの腹のど真ん中にぶち込んだ。
想定外の威力のパンチに、パイスバンは自分のはらわたが裂けたのではないかと思うぐらいの衝撃を受け、そのまま遥か後方に吹っ飛んだ。
「馬鹿な……こんな威力を出して、あの人間の身体が持つはずがない……」
呼吸もままならないまま悶絶しているパイスバンに向かってエリカが言った。
「悪りい……一騎打ちって言っときながら二人掛かりだったわ」
「なんだと……それじゃ、お前の中にいる人間の魂が魔法を使ったというのか?」
ようやく呼吸が整ってきたパイスバンがそう言ったのでエリカが答える。
「ああ。たいしたもんだろ? こいつ、こんな見てくれのちっぽけな人間だが、かなり魔法の素質あるんだぜ。でもまあお前らの親分に比べちゃまだまだだけどな」
「ふっ、何をふざけたことを抜かしている。我らのマスターが、そんなちっぽけな人間と比べられる訳がなかろう」
「あれ、パイスバン。お前知らないの? カルパシィーも人間だぜ」
カルパシィーとナナを比べられてムッとしながら言うパイスバンに、エリカがしれっといった。
「なっ、何をふざけた事を!! あの方の魔力は上級魔族でも敵わない者が多いくらいで、しかもすでに五百年近く研鑽に務められている。それが人間など……苦し紛れの言いがかりにもほどがある!」
「そうなのか。でもなパイスバン。エルフ側の記録だと、五百年ちょっと前、こっちに連れて来られた人間奴隷の『刈葉椎之助』ってやつが、死霊系の魔法の才があったんだけど、邪道だって事で勇者チームに入れず出奔 したってなってんだ。
お前らの親分。こいつじゃねえの? ネクロマンサーなら、自分の死体も操れるってか。帰ってちゃんと確認したほうがいいぞー」
「そんな……」
しかし、自分も一軍の将。こんな言葉に惑わされてはいけない。
そう思い直して、エリカに殴りかかったが、あまりの事にすっかり動揺してしまっていたパイスバンの拳に最初の勢いはなく、エリカにもう一発顔面パンチを入れられ、パイスバンは気を失った。
一瞬、周りの空気が凍りついた。そして……
「うおおおおおーーーっつ!!」
一部始終を周りで見ていた魔族の雑兵達が一斉に雄たけびを上げた。
そして回りからエリカコールの合唱が起こる。
「エ・リ・カ! エ・リ・カ!……」
前線の総大将だったパイスバンを倒したことで、前線の雑兵達がエリカを自分達のリーダーだと認めたのだ。
「いいかお前達。よく聞け! そして良く考えろ!
カルパシィーって奴は人間だ! それがなんで魔族を仕切ろうとしてるんだ!?
さっきも言ったが、よくわからん誰かの為にお前達が犠牲になる必要はねえ! 命張るならもっと自分が大切にしているものに張れ! 少なくとも今回の戦はお前達に必要な戦じゃねえ!! エルフ共とは、あたいがうまい事折り合いをつける! だから安心して自分ちに帰りな」
「うおおおおおおーーーーっ!!!」
また歓声があがった。
そして、その場にいた魔軍の兵士達は、そのまま来た道を引き返し始めた。
その近くにいた下士官と思われる魔族の将達も、なすすべなく「退却。たいきゃーく!」と言いながら後方に下がっていく。
その様子を王城の城壁の上からサリー婆が見ていた。
「やれやれ。あやつ、やっぱり大したカリスマじゃわい。
それにしても『刈葉椎之助』なんて……一体どこに書いてあったんだい?」
◇◇◇
「なんですって。エルフ王国への侵攻軍がエリカに止められた?」
その報告を受けたカルパシィーは、我が耳を疑った。
「何という事だ。パイスバンがやられただと。しかも、ヴィンセントもミルラパンもリヒトも戻ってこない……エリカ……どこにそんな力が……やはりヴィンセント達だけでは力不足だったのでしょうか」
「それがマスター。エリカとエルフ側が、マスタ―の事を人間だと吹聴している様で、それで前線の士気が下がってしまっています。そうでない事を皆にお示し下さい。そうでないとこのまま魔族達が離れて行きます」
「わかった。それでは、私自身が出陣して、エリカの息の根を止める事で、我が力を証明してやろう」
そう言って、カルパシィーは自室に下がったが、心中穏やかではなかった。
(なんでそんな話が……いったいどこから……エルフ側か?)
バレない自信はあった。これだけの魔力と長寿を持ってすれば、身体を解剖でもされなければ絶対わからないはずだ。それがどうして……。
だが実状がどうあれ、自分が人間だと分かってしまったら、魔族達はついてこないだろう。それでは自分の復讐は果たせない。多くの同胞を奴隷として強制連行し、粗末に扱って殺して行ったエルフ達を根絶やしにしなければ……そして魔族も滅ぼして、この世界には人間が君臨する。そのために五百年間、自身の身体に魂を縛り続けていたのに。
こうなったらやはりエリカを直接始末して、力を誇示するしかあるまい。
ヴィンセントのしょうけらがフューリアの身体を食い破った所までは判かっている。その直前にミルラパンが賢者イラストリアも仕留めたはずだが、その後の事は、今のカルパシィーにも分からない。ヴィンセントもミルラパンもいない今、どう動くべきか…‥。
(では、デルリアルの拠点を攻めるか。そうすれば必ずエリカは現れる。それで再生中のエリカの肉体を本当に抹消し、あの来宮ナナの身体を壊せば……なんだ。やはり、勝つのは私ではないか)
自分のネクロマンサーの術を使えば、あんな魂の切れたナナの肉体など、一瞬で自在に操れる。そのうえで、エリカとナナの魂に引導を渡してやる。
そう考えて、最初からそうすればよかったかとカルパシィーはちょっと反省した。
王都への入り口にはエルフが編成した軍が配置され、迫りくる魔軍に備えていた。
魔族側にも相当な犠牲は出ていたものの、エルフが先に送り込んでいた勇者や人間兵もことごとく撃破され、共にかなり数を減らしていた。
そしてお昼前。魔軍の最前線が王都守備隊の前に姿を現した。
「魔軍の総数は約二万。
ひとまとまりに力押しでこちらにねじ込んで来るようです!」
偵察の報告を受け、エリカがサリー婆の顔をみながら言った。
「そんじゃ、行ってくるわ」
「ああ、頼んだぞ」
サリー婆と別れたエリカは、王都守備隊の前に出て、一人魔軍に対峙した。
突然目の前に現れた貧相な人間の少女を気にかけるものなど誰もおらず、最前線を突っ走っているオークやゴブリンといった雑兵がそのまま突っ込んでくる。
そして次の瞬間、ナナの身体から半径百m位が、強く輝いたかと思うといきなり火柱を上げて爆発し、その領域にいた魔軍の雑兵達が思い切り吹き飛ばされた。
(すまねえお前達。だがこうでもして見せねえと、お前ら足が止まんねえだろ……)
エリカは心の中で吹っ飛ばした同胞に詫びるが、その思惑通り、魔軍の侵攻の足が一瞬止まった。そしてその隙を逃さず、エリカが大声をあげた。
「止まれお前達! こんなナリをしちゃいるがあたいはエリカだ! 魔王エリカ!!
ふっとばされたくなきゃ、あたいの話を聞け!!」
魔王エリカの名前は、普通の魔族であれば赤子でも知っている。
前線にいた雑兵達に動揺が走った。
「いいかよく聞け! お前達がこのまま王都に突っ込めば大半が死傷するぞ! そりゃエルフ側も無傷じゃすまんだろうが、こんな潰し合いをしてお前らはそれでいいのかよ!? もっと良く考えろ! お前らが犠牲になって誰が得するってんだ!」
すると前線の雑兵の後方から、大層な身なりの将風のものが出て来た。
「パイスバン!!」
周りの雑兵達が「総大将!」とか「大将軍!」と言って騒いでいる。
こいつが今回のこの前線の指揮官なのだろう。
「やれやれ。あなたと言う人は……せっかく今までの功績を評価して、命だけはと思ったのですが、エルフの味方をして、わざわざ殺されに出て来たのですか? まあ、今のあなたでは、こいつら雑兵を吹っ飛ばすのが関の山でしょうが……前にも言いましたよね? その貧相な肉体では絶対私には勝てませんよ。でもまあ出て来てしまったのですから仕方ありません。ここで一騎打ちであなたを皆の前で屠りましょう。さすれば、エルフ側も戦意を喪失するでしょう」
「さあナナ。ここが正念場だ。どのみち魔族の奴らには一度は力を誇示しとかねえと後が続かねえ……しっかし、やり合うにしても、出来ればもう少し格下の将が良かったんだが……まあ、グダグダ言ってても仕方ねえか。そんじゃいくぞ!!」
「うん! 私も頑張るよ!!」
傍目にはどう見ても、貧相なナナの身体に勝ち目はなさそうに思える。
しかし、それがパイスバンの真正面に立ちはだかり、その顔をキッと睨みつけた。
そしてエリカとナナはそれぞれ独自に同じ魔法を発現させる。
「そんじゃ、遠慮なくいくぞ!
「何!?」突然、ナナの身体が太陽の様に輝き出し、パイスバンも周りの魔族達も一瞬目がくらんだ。そして、次の瞬間。ナナの身体が一瞬でパイスバンの足元にテレポートしたかと思ったら、そのまま右ストレートをパイスバンの腹のど真ん中にぶち込んだ。
想定外の威力のパンチに、パイスバンは自分のはらわたが裂けたのではないかと思うぐらいの衝撃を受け、そのまま遥か後方に吹っ飛んだ。
「馬鹿な……こんな威力を出して、あの人間の身体が持つはずがない……」
呼吸もままならないまま悶絶しているパイスバンに向かってエリカが言った。
「悪りい……一騎打ちって言っときながら二人掛かりだったわ」
「なんだと……それじゃ、お前の中にいる人間の魂が魔法を使ったというのか?」
ようやく呼吸が整ってきたパイスバンがそう言ったのでエリカが答える。
「ああ。たいしたもんだろ? こいつ、こんな見てくれのちっぽけな人間だが、かなり魔法の素質あるんだぜ。でもまあお前らの親分に比べちゃまだまだだけどな」
「ふっ、何をふざけたことを抜かしている。我らのマスターが、そんなちっぽけな人間と比べられる訳がなかろう」
「あれ、パイスバン。お前知らないの? カルパシィーも人間だぜ」
カルパシィーとナナを比べられてムッとしながら言うパイスバンに、エリカがしれっといった。
「なっ、何をふざけた事を!! あの方の魔力は上級魔族でも敵わない者が多いくらいで、しかもすでに五百年近く研鑽に務められている。それが人間など……苦し紛れの言いがかりにもほどがある!」
「そうなのか。でもなパイスバン。エルフ側の記録だと、五百年ちょっと前、こっちに連れて来られた人間奴隷の『刈葉椎之助』ってやつが、死霊系の魔法の才があったんだけど、邪道だって事で勇者チームに入れず
お前らの親分。こいつじゃねえの? ネクロマンサーなら、自分の死体も操れるってか。帰ってちゃんと確認したほうがいいぞー」
「そんな……」
しかし、自分も一軍の将。こんな言葉に惑わされてはいけない。
そう思い直して、エリカに殴りかかったが、あまりの事にすっかり動揺してしまっていたパイスバンの拳に最初の勢いはなく、エリカにもう一発顔面パンチを入れられ、パイスバンは気を失った。
一瞬、周りの空気が凍りついた。そして……
「うおおおおおーーーっつ!!」
一部始終を周りで見ていた魔族の雑兵達が一斉に雄たけびを上げた。
そして回りからエリカコールの合唱が起こる。
「エ・リ・カ! エ・リ・カ!……」
前線の総大将だったパイスバンを倒したことで、前線の雑兵達がエリカを自分達のリーダーだと認めたのだ。
「いいかお前達。よく聞け! そして良く考えろ!
カルパシィーって奴は人間だ! それがなんで魔族を仕切ろうとしてるんだ!?
さっきも言ったが、よくわからん誰かの為にお前達が犠牲になる必要はねえ! 命張るならもっと自分が大切にしているものに張れ! 少なくとも今回の戦はお前達に必要な戦じゃねえ!! エルフ共とは、あたいがうまい事折り合いをつける! だから安心して自分ちに帰りな」
「うおおおおおおーーーーっ!!!」
また歓声があがった。
そして、その場にいた魔軍の兵士達は、そのまま来た道を引き返し始めた。
その近くにいた下士官と思われる魔族の将達も、なすすべなく「退却。たいきゃーく!」と言いながら後方に下がっていく。
その様子を王城の城壁の上からサリー婆が見ていた。
「やれやれ。あやつ、やっぱり大したカリスマじゃわい。
それにしても『刈葉椎之助』なんて……一体どこに書いてあったんだい?」
◇◇◇
「なんですって。エルフ王国への侵攻軍がエリカに止められた?」
その報告を受けたカルパシィーは、我が耳を疑った。
「何という事だ。パイスバンがやられただと。しかも、ヴィンセントもミルラパンもリヒトも戻ってこない……エリカ……どこにそんな力が……やはりヴィンセント達だけでは力不足だったのでしょうか」
「それがマスター。エリカとエルフ側が、マスタ―の事を人間だと吹聴している様で、それで前線の士気が下がってしまっています。そうでない事を皆にお示し下さい。そうでないとこのまま魔族達が離れて行きます」
「わかった。それでは、私自身が出陣して、エリカの息の根を止める事で、我が力を証明してやろう」
そう言って、カルパシィーは自室に下がったが、心中穏やかではなかった。
(なんでそんな話が……いったいどこから……エルフ側か?)
バレない自信はあった。これだけの魔力と長寿を持ってすれば、身体を解剖でもされなければ絶対わからないはずだ。それがどうして……。
だが実状がどうあれ、自分が人間だと分かってしまったら、魔族達はついてこないだろう。それでは自分の復讐は果たせない。多くの同胞を奴隷として強制連行し、粗末に扱って殺して行ったエルフ達を根絶やしにしなければ……そして魔族も滅ぼして、この世界には人間が君臨する。そのために五百年間、自身の身体に魂を縛り続けていたのに。
こうなったらやはりエリカを直接始末して、力を誇示するしかあるまい。
ヴィンセントのしょうけらがフューリアの身体を食い破った所までは判かっている。その直前にミルラパンが賢者イラストリアも仕留めたはずだが、その後の事は、今のカルパシィーにも分からない。ヴィンセントもミルラパンもいない今、どう動くべきか…‥。
(では、デルリアルの拠点を攻めるか。そうすれば必ずエリカは現れる。それで再生中のエリカの肉体を本当に抹消し、あの来宮ナナの身体を壊せば……なんだ。やはり、勝つのは私ではないか)
自分のネクロマンサーの術を使えば、あんな魂の切れたナナの肉体など、一瞬で自在に操れる。そのうえで、エリカとナナの魂に引導を渡してやる。
そう考えて、最初からそうすればよかったかとカルパシィーはちょっと反省した。