第39話 ファミレス

文字数 3,146文字

 ナナは高校三年生になった。

 エリカに肉体を貸す期限まであと二年を切ったが、その後どうなるかは全く未知数だ。それでもエリカの叱咤激励もあり、進路も含め将来生き続けていく前提で考える様にはしていた。

 児童相談所の吉村さんが言うには、大学や専門学校なども奨学金等で行けるとの事だったが、自分としては働きながら勉強するのもいいかと思っており、出来れば看護や介護といった医療福祉系の資格がほしいとは思っている。もし生き続けれらるのなら、これからはもっといろんな人に優しく接してあげたいというのがナナの希望だ。
 高校卒業後は、今住んでいる福祉施設も卒業となるため、どこかの病院で修行しながら、夜間の看護学校に通うのもいいかなとも思ってはいた。

 同じ書道部の長谷川いのりともよく将来の話をする。あの一件以来、いのりの両親は、偏差値の高い有名大学にこだわらず、自分の将来の夢に向かって進学する事も許してくれた様で、どうやら彼女は美大を目指す様だ。

 そんな状況の下、相模湾が一望できる海辺のファミレスで、ナナは三月からアルバイトをしている。

 実は、ナナが今かよっている高校では、毎年三年生の六月に修学旅行があり、今年は京都との事で、ナナも生きているうちに一度は訪れてみたいと思ったのだが、いかんせん先立つものが無い。他の生徒は、すでに一年前から旅行費用の積み立てをしているのだが、一括払いでも参加出来るので、なんとか目標の五万円を貯めようとバイトを始めた次第だ。もちろん、学校にも福祉施設にも許可を貰っている。
 そしてこれは自分がやりたい事なので、エリカに手伝わせる事はせず、ナナが表で働いていた。


「来宮さーん。十一番テーブル、オーダーお願い!」
「はーい」

「すいませーん。チャーシューメン・半チャーハンセット。
 餃子五個付でお願いしまーす」
「あー、俺はハンバーグ・エビフライ定食。ライス大盛で」
 部活帰りと思われる近くの高校生達が、よくこの店を訪れ、とにかくいつも大量に注文してくれる。最初は、ミスが無い様にとドキドキしながらオーダーを受けていたが、さすがに二か月も立つと卒なくこなせる様になって来た。

「じゃあ、俺はいつものやつ!」
 眼のギョロっとした、人懐こそうな男子がそう言った。

「えっ? ……ああ、ジャージャー麺でしたっけ?」
「よっしゃぁ! やっぱり覚えてくれてた! 俺の勝ちな。
 今日はお前らの奢りだぜ」
「はは……」
 どうやら、彼がいつも頼むメニュ―をナナが覚えているか、仲間内で賭けをしていた様だ。

「ねえ君。中学生?」ジャージャー麺の男子がナナに尋ねた。
「馬鹿陽介! 中学生がここでバイトしてる訳ないじゃん! 
 ごめんね、こいつデリカシー皆無で」
「あ、いえ。よく間違えられますので……」

「じゃあ、高校生? 学校どこ?」陽介と呼ばれた男子がナナに質問した。
「あの……お店の決まりで、個人情報は……」
「ほーら、陽介。困ってんじゃん! ナンパはTPOが重要なんだぜ!」

「そっか……。そんじゃ仕方ない。
 俺は鎌倉山高校二年、サッカー部の林陽介です。
 もっとたくさんこの店に通いますので、そのうち学校と名前、こっそり教えて下さいね!」
「あ……ごめん。私、三年生なの……」
「えーーーーー!? お姉様なの? そのちっこさで……。
 うわー。俺、今すっごく感動してる。これがギャップ萌えってやつか?」

「おい陽介、もういい加減にしろ。
 彼女が戻らないと俺達のオーダーが通んないだろ!」
 先輩らしき人に叱られて、陽介君はちょっと苦笑いをしながら黙ってしまった。

(はっ。元気の良さそうな兄ちゃんだな。ナナもたまにはああいう奴と付き合ってみたらどうだ? 年相応だし、タイガなんかより一万倍位マシだと思うぞ)
(エリカ! そんなんじゃないから! ……でも、ちょっとドキドキした)
(だろ?)

 ナナは、施設の手伝いもあるため、週三回ファミレスでバイトをしているが、林陽介は、ナナが店に入っている日は必ず来ていて、いつもジャージャー麺を注文していた。もしかしたら、ナナが出勤していない日も来ているのかも知れないが。

 林陽介がナナに気がある事は、いくらこうした事に鈍感なナナでも何となく分かったが、自分の将来の事や過去の事を考えると、素直に彼に接するのもはばかられ、彼のオーダーは他のバイト仲間に取りに行ってもらったりと、距離を置く事を意識していた。

 そして、明日からゴールデンウィークという日の夕方。長谷川いのりが、ナナのバイト見物と称して、店に書道部の後輩達を引き連れて押しかけてきた。
 書道部も、今年一年生が三人入った為、なんとか廃部は免れたのだ。

「おー、ナナ。ウェイトレス姿が全然似合わないなー」
「もう。ふざけないでよ、いのり。ご注文をどうぞ!」
「はは、そんじゃーねー……」

「あのー。その制服は、藤沢西のですよね? 
 それで彼女は、ナナさんと言うんですか……」
 声にびっくりして、ナナが後ろを振り返ると、そこに林陽介がいた。

「何よあんた! ストーカー?」いのりが食ってかかる。
「いやっ! 決してそんな訳では……。
 俺は、鎌倉山高校二年の林陽介というもんです。
 前から、そのウェイトレスさん……ナナさんですか? がちょっと気になってて……」
「何よ。やっぱりストーカーじゃない!」いのりが容赦なく、陽介を責める。

「ああ、違うの、いのり。この人、そんなんじゃないから。いっつもお店に通ってくれる常連さんで……別に付きまとわれたり、嫌な事されたりしてないから!」

「ふーん。そうか……でもナナ。この人、断わっちゃっていいんでしょ?」
「えっ? あ、うん……」

 ナナは以前、長谷川いのりに、自分の過去のいじめやDV、売春といった事を話た事がある。いのりにしてみれば、ナナの事は応援したいが、一介の高校生が、そんなナナをそのまま受け入れてくれるはずはないという思いもある。
 でも、ナナはあんな性格だし……ここは、私が強く出るしかないと、いのりは考えた。

「林君だっけ? 私は、ナナのクラスメートの長谷川と言います。それで君は、ナナに関心があるのかな? だとしたらごめん。この子、貴方とお付き合いしたりする気は全然ないから」
「ええ! それはどうして……まだ本人に告白もしてないんですが……」
「この子、ちょっとワケ有りでね。でも、それをあなたに話す義理も筋合いもないし、仮に知っても重すぎて背負えないでしょうから、あきらめてくれないかな?」

(おい、ナナ。いいのか? いのりに任せちまって。あたいとしたら、別に過去なんぞ気にせず、新たなお付き合いをするのも有りだと思うぞ)
(でもエリカ。それだけじゃない。
 私が二年後、この世界にいられる保証も無いもの……)
(くっ、畜生。それを言われると弱いんだが……)

「あの、林君。長谷川さんが言った事は本当なの。私に興味を持ってくれたのはうれしいんだけど、それも私の心の重荷になります。だから……ごめんなさい」

「……そうっすか。マジで告白する前に振られちまいましたね……でも、そうっすね。ナナさんの重荷になるというなら、引き下がります。
 でも、これからもこの店に、ジャージャー麺は食べに来ていいっすよね?」
「はい。それはもちろん!」

 林陽介は、ちょっと涙目になりながらも、男らしくその場を去っていった。

「ナナ。ごめんね。出しゃばっちゃって」
「ううん、いのり。助かった。私じゃハッキリ伝えられなかったと思うし」
「そうよねー。あなたは、もう少し年上探した方がいいわよ。あなたの事を全てまとめて受け止めてくれるような人が、絶対どこかにいるわよ!」
「はは、そうかな……」

(おーい、ナナ。頼むからタイガだけはやめてくれよなー)


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