第43話 肉体

文字数 4,070文字

 近場で待機していたはずのチュロスが突然姿を消してしまい、デルリアルも困惑した。だが、チュロスとも長い付き合いがあり、そんなにいい加減な奴でない事は、デルリアルが一番よく知っている。
 何か良からぬ事態が進行している様で、デルリアルは警戒を強めた。
 そんな中、エルフの動きを密かに探っていた間者から連絡があった。

「何だと! エルフ共が魔王様の再生中の肉体を破壊しようとしているだと?」
「はい。詳細は不明ですが、そのための部隊を勇者タイガが編成中との事で、もうこちらに向かっている様です。
 肉体を破壊してしまえば、魔王様は魂のまま、こちらの世界に帰っては来られないだろうという事でしょうか?」
「そうであろうな……となると、チュロスが行方知れずになったのも無関係では無いかもしれん。ここも危ないか……よし、急ぎここを引き払い、別の場所に魔王様の肉体を移すぞ!」
 デルリアルは、周りの魔族達に今いるアジトを移す様指令を下した。

◇◇◇

 エルフ王国内では、太古の昔からエルフと多くの魔族が混在して暮らしていたが、その性質の違いから、種族間でのトラブルが絶えなかった。
 だが、いつの頃からか、人間がエルフに助力するようになり、人間がマナを行使すると、エルフよりも強力な威力を発揮する事から、魔族の立場はどんどん弱体化し、完全にエルフに支配される階層にまで落ちてしまった。
 そして、それを快く思わなかった魔族の一群が、人里離れた山奥に集結し、魔軍を編成し、魔族の自治独立を旗印に、エルフと対抗する様になってから、かれこれ五百年にはなるだろう。
 
 エルフ王国内は、そのほとんどが人も住まない広大な山と原生林で、隠れ潜む事自体は問題ないのだが、魔王様の肉体を再生するには、マナの発生源とも言える地脈がそれなりに太い場所でないと効率が悪い。
 デルリアルは、有事に備え、次の拠点をすでにいくつか用意しており、そのうちの一つに向かっていた。
 賢者に焼かれたエリカの灰は、マナから調整した特殊な培養液とともにタンクに入れられており、培養液の補充さえ都度出来れば、荷車で運搬しても問題ない状態になっていた。

 デルリアルと荷車を推す魔族達は、うっそうとした林の中、道なき道を苦労して進んでいた。

 それにしても、元の持ち主の人間の魂まで遺体に入ってしまうとは……そしてそれを元に戻せと……そんな人間の魂など、正直デルリアルや他の魔族達にとって、どうでもよいのだが、魔王様たってのご希望となると、そうぞんざいにも扱えないだろう。あのお方は妙に義理堅い所があるし、まあそれが魅力でもあるのだ。

 魔王様の魂を、再生した新たな肉体に結びつける為の賢者の石はすでに準備があるが……また純粋な魂を手に入れ、賢者の石を作るとなると、なんとも骨が折れる事だ。

 デルリアルがそんな事を考えながら歩いていると、突然、周りから複数の黒い影が飛び出して来た。何だこいつらは! リザードマンか? 

「お前達は何者だ。私は魔軍参謀の一人、魔導士デルリアルだ。
 今は重要な任務の途中なのだ。道を開けてほしい」
「おー。確かにデルリアル様だ。情報通りだな。
 お待ちしておりましたよ、名参謀殿。
 別に大した用事じゃありません。
 その荷車だけここに置いて行っていただけませんか?
 そうすれば、ここにいる誰も傷付きませんので」

「くそ、貴様ら、反魔王派か!? 
 当然この荷車に乗っているものが何かを知っての事だろうな」

「その通りです。我々はもう魔王エリカに見切りをつけたんです。
 と言うより、あいつがトップだと思う様にエルフ共を蹂躙出来ません。
 ですので志をもった方々がお立ちになったんですよ!」

「ふん! エリカ様でも敵わない勇者達相手に、お前らがかなうものか。
 むしろお前らの様な者がおるから、エリカ様の下で魔族が一丸となれぬのだ!」
「はいはい、お説教はもういいですって……さっさとどけや、ジジイ!」

 デルリアルと取り巻きの魔族達は戦闘体制をとったが、メンバーにはそれほど武力に秀でた者がいない。下手に抵抗して仲間を損耗するのはまずいが、かといってここで魔王の肉体を放棄してしまえば、自分達の念願がかなう事はなくなる。

「致し方なし。魔王様、我々にご加護を!」
 そう言いながら、デルリアル達はリザードマンの集団に飛び掛かっていった。

 ◇◇◇

 十分後、デルリアルは全身ボロボロになりながらも、なんとかまだ生きていて、魔王の肉体が入った培養タンクの前に立ちはだかっていた。
「ふっ、老いたとはいえ、まだまだお前らに後れは取らんぞ!」
と息巻いてみせるが、さすがにもう限界が近い様だ。

リザードマン達も、まさかこの老人にここまで抵抗されるとは予想していなかったのだろう。すでに半数がデルリアルの攻撃魔法で吹き飛ばされており、残りは様子を伺いながら、間合いを取っている。

「くそジジイ、結構やりやがる。それじゃ、こっちも奥の手だ。
 先生! 宜しくお願い致します!」

 その声に呼応して、林の奥から身長三mはあろうかという巨大なオーガがデルリアルの目の前に現れた。
 オーガはその巨体に似合わない猛スピードでデルリアルに走り寄り、腕をブンっと振り回すと、デルリアルは、攻撃魔法を放つ間もなく、空中高く吹き飛んだ。

「ぐはぁ……」
 空中から地面にたたきつけられ悶絶しながら、デルリアルは、そのオーガが培養タンクを両手で引き裂いて行く光景を目の当たりにした。

「ああ……もはやこれまでか……」
 静かに眼を閉じるデルリアルに、リザードマン達が近づいてきた。

「そんじゃ、じいさん。あの世でエリカ様が来るのを待ってるんだな」
 そう言いながら、リザードマンはデルリアルに大上段に斬りかかった。

 その時、一陣の風とともに、黒い影がデルリアルの前に現れ、ジャストミートでリザードマンの剣を防いだ。

 カィーーン!!

「あんたがデルリアルか? すまん、取込み中だったようだな。
 だが、あんたは殺させるなと大将が……」
 デルリアルを助けた、全身を鎧で覆われた男がそう言った。

「何だお前は? その恰好。人間か?」リザードマンが訝しげに尋ねる。
「ああ、自己紹介するわ。俺、戦士コンスタン。
 以後、お見知りおきを……って、多分もう会わないと思うけどな!」
 そう言いざま、コンスタンは目の前のリザードマンを両断した。

「コンスタンだと!? 勇者パーティーのか? 
 何で勇者がこんな所で魔族を助ける!?」
「あー、俺も頭悪くて理由はよく分からんから、そこの大将に聞いて」
 コンスタンスが指さす方を見ると、いつの間にか勇者タイガが現れ、あっという間にオーガを切り捨てた。

「何、勇者タイガだと! くそ、これはいかん! 退却、退却―!!」
 その声にデルリアルを襲ったリザードマン達が一斉に退却を始めた。

「あーっと、逃げられると困るのよー。ブリザードッ!!」
 逃げ惑うリザードマン達を一瞬で猛吹雪が包み込み、低音が苦手な彼らは、皆動けなくなってしまった。
「……賢者イラストリアだと……なんで勇者パーティーが……」

 ◇◇◇

「おい、あんたがデルリアルか? エリカの肉体は無事か?」
「……勇者タイガ……なんでお主が……いや、まあそれはともかく。
 魔王様の肉体は、培養液ごと、地面にまき散らされてしまったわい!」

「ちーっ。ちょっと遅かったか。どうするイラ? こいつらも始末するか?」
「あわてないでタイガ。ねえデルリアル。あなた灰から肉体再生しようとしてたんでしょ? また地面の上から回収して再生をやり直せない?」

「お主らは、一体何を……魔王様の肉体復活を阻止しに来たのではないのか?」
「あんたに説明する義理はないんだけど、私達もエリカの肉体が完成しないと困るのよ。元の持ち主に今の身体帰すには、エリカに出て行ってもらわないといけないからね」

「それは……」

(ああ、そういう事か)とデルリアルは理解した。勇者達は、先日チュロスが言っていた、ナナとかいうあちらの人間を復活させようとしているのだ。だが、自分がその情報を持っている事は今は勇者達に知られたくない。素知らぬ顔でイラストリアの問いに答えた。

「今からすぐに、散ったタンクの中身を集めれば、あるいは……。
 補充用の培養液は別のタンクに小分けにしてあるので、とりあえずそこに入れさえすれば当面保存できるだろう。ただ、当初の予定よりかなり再生が遅くなるのは避けられん」
「はん。遅くなる分には好都合だぜ。
 そんじゃ、直ぐに奴の破片を回収しようぜ!」

 デルリアルの指示で、生き残った配下の魔族達とタイガらが、飛び散ったエリカの肉体の破片を回収し始めた。イラストリアが、魔法で氷漬けにして動けなくなったリザードマン達を尋問し始めたので、デルリアルもそれに立ち会った。

 彼らを派遣したのは、カルバシィーという上級魔族という事が判った。

「知ってる?」イラストリアがデルリアルに問う。
「名前は知っているが、面識はない。奴は昔からはるか北方に潜んでいて、我が魔軍とエルフとの闘いには一切参加していない。それがなぜいまさら……」
「日和見だった奴が、トップがいなくなって下克上狙ったのかしらね? 
 でも、そいつどのくらい力があるのかしら?」
「それもよくは分からん。どんな魔族なのかも知らない。だが、長く戦争に携わらずに蓄財していた様で、かなりの資産持ちとは聞いた事がある。なので金になびく魔族がいても不思議ではないのだが……」

「うわー、鼻持ちならないわね。でもいいわ。後はエルフ達に調べてもらうから。
 それじゃ、リザードマン君達。
 すまないけど、今日私達と出会った事を、誰かに話されると困るの。
 ごめんねー」
 イラストリアがそう言った瞬間。氷漬けのリザードマン達が業火に包まれた。

 ふう、相変わらずこの勇者共は、魔族に容赦がないのう……そうは思ったが、彼らに助けてもらった事もあり、デルリアルは、エリカの肉体の破片を回収した後、勇者一行を新たなアジトに案内する事にした。

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