第1話 月光

文字数 1,735文字

 夜の海の中って、結構明るいんだ……。

 来宮(きのみや)ナナはそう思った。

 そう今……自分は、海中をふわふわと漂っている。
 そして上にある海面をぼーっと見ている。

 海水を通して見る月の光ってすごく幻想的だ……。

 でも、私。呼吸しなくていいのかな? 
 これって夢? 
 不思議に思って、周りをキョロキョロ見渡して見る。

 そして……。
 あっ! あれ……私だ……。

 月の光が来る方向と反対側。海の底を見ると、そこに私がいた。
 
 見るからに貧相で、髪もボサボサ……。
 あちこちアザだらけで、手首なんか切り傷だらけ……。
 そうだよね。最近、鏡で自分の姿見たのって、いつだったっけ?
 嫌だなー。これじゃ、友達も出来ないし、ましてや彼氏なんて……。
 
 でも……なんで私があそこにいるんだろう? 
 私、ここに浮いてるのに……やっぱり夢? 


 あー。違うわ……私、死んだんだ……。
 だって、さっき…………そのつもりで浜から海に入ったんだもの。

 そっか。これが魂……。

 生きていた時のズキンズキンするような嫌な感じが全くせず、こんなに心が軽く穏やかな気持ちは、初めての経験かも知れない。

 私は……天国行けるのかな……。
 

 次の瞬間。ナナの魂は、我が目を疑った。
「えっ? 何あれ……」

 何か光るものが、海底に横たわる自分の身体に近寄っていくのが見えた。
 眼を凝らしてよく見ると……光の中に、人!?
 真っ黒な長い髪で全裸の、ゾクっとするような美少女だ。

「ああ。もしかして天使が迎えに来たのかな? でも、なんで身体のほう?
 お迎えなら、魂の私の方だよね?」

 その天使が、何やら、ナナの肉体を動かしたりつついたり……。
 あげくは、衣服を脱がそうとしてる。

「ちょっと、ちょっと、あなた! 私の身体に何してんのよ!」
 ナナの魂はあわてて、肉体の方に戻って行った。

「おや? あんたがこの身体の持ち主かい? 
 でも、もう魂の尾が切れちゃってるから、あんたの死亡は確定さ。
 さっさと成仏しな。
 悪いけど、この身体、しばらく貸してもらうよ!」

 えっ? 何言ってるの、この人。
 天使じゃなくて、もしかして死神とか?
 頭に角生えてるし……。

 すると、その死神がナナの肉体に重なる様な姿勢をとり、二つが徐々に重なっていくのが分かった。
 
 「ちょっと。私の身体に勝手に入らないで! 
  だめーーーーーーー!」

 次の瞬間、上から差し込む月の光の数百倍もの明るい光の球が、死神と、ナナの身体と、ナナの魂を包みこんだ。

 ◇◇◇


「ぷはーーーっ!」
 海面に出て、ナナの肉体が大きく深呼吸をした。

 もちろん、中身はナナではない。
 ナナの魂が死神だと思った美少女は、ナナの肉体を憑代(よりしろ)にして転生した異世界の魔王、エリカの魂だったのだ。

 岸に泳ぎついたエリカは、手にしていたナナの着衣を改めて装着した。

「ほんと面倒だわ。融合時は裸じゃないといけないとか……。
 でも、丁度いいのがあってよかった……。
 で、死んですぐなら肉体にも多少記憶が残ってるって言ってたよな。
 どれどれ……来宮ナナ。十六歳……か。
 それにしても何でこんな歳で入水自殺とか。
 この世界もあんまり暮らしやすくないのかいな……」
 
 とりあえず、まわりの状態を観察してみるが、かなり寒い事に気が付いた。
 まあ、服が濡れている事もあるのだが、多分季節が冬なのだろう。

「うー。さびー。とりあえず、服乾かすか……バリウォーム!」
 熱を発する魔法で服を乾かそうとした。しかし……
「あれ? バリウォーム……チョイウォーム……ウォーム……えーどうして?」
 他の魔法も試してみたが、やはり発動しない……これって、まさか。

「この世界……マナが薄い? しかもこの身体、オドがほとんど無い!」
 マナは魔法の元になるエネルギーで、オドはそれを貯めておく体内器官だ。
 これらがなければ、さすがの魔王でも、自由に魔法を行使できないのは当たり前と言えよう。

「まじかー……でも、いまさら転生のやり直しも出来ないし……。
 三年間、何とかごまかすしかないか……。
 この身体の持ち主の魂、ちゃんと成仏出来たかな? へーぃくしょん!」

 そんな事を考えながらエリカは、濡れたまま仕方なく月の光の下を、街の灯りに向かって歩きだした。
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