第53話 戦士の災難
文字数 3,408文字
「やれやれ。とんだ山奥じゃな……」
馬車が山の麓の空き地で停車し、降りて来たサリー婆が呆れた様につぶやく。
「いやいや、サリーさん。こっからが大変なんだよ。
なんたってこっから山道二十キロほど歩くから」
「なんじゃとーー!?」
こともなげに言うコンスタンに、サリー婆がブツブツ文句を言っている。
「仕方ないじゃん。魔族の連中の秘密基地なんだから。まあいざとなったら、婆さん一人位なら俺が背負ってやるから、とりあえず頑張ってみてくれよ」
「まったく……この苦労賃はエリカにツケておくよ」
サリー婆とコンスタンが山道を登っていると、途中で完全に陽が暮れた。
「思ったより遅くなっちまったな。でも婆さん相手にせかすわけにもいかねえしな。
まあ安心しな。俺は夜目が効くし、婆さんもエルフだからそんなに歩くには困んねえだろ?」コンスタンの言葉にサリー婆も同意した。
「ああ、さっさと行って休もうかい」
二人で真っ暗な山道をとぼとぼ歩いていた時だった。
「なんだ? 敵か?」コンスタンが何かの気配を察知した。
「いや、どうやら一人の様だね。もしかしてデルリアルのアジトのもんかも知らん」
「わかった。俺が様子を見てくる。婆さんはここを動くな」
そう言ってコンスタンが気配を追って藪に入って行った。
◇◇◇
謎の気配を追い、婆さんと離れて森の中へ百mほど分け入ったコンスタンは、全神経を研ぎ澄ませて周囲を伺う。わずかだが魔力を感じる。相手は魔族に違いない。
しかし殺気は感じられない。やはりデルリアルの手の者なのだろうか?
カサッ
わずかだが、脇の茂みが揺らいだ。
「誰だ! 出てこい!」
コンスタンが促すと一人茂みから顔を出したが、それはコンスタンが良く知る人物だった。
「あーん? 何だよ。お前かよ。何でまたお前がこんな所に?」
そう言ってコンスタンが警戒を解いたその瞬間だった。
いきなり空中に大きな鎌形の光の刃物が現れ、コンスタンの首に斬りかかった。
「えっ!?」
そしてそれを躱す事も受ける事も出来ず、コンスタンはまともに食らった。
さすがに首と胴がおさらばはしなかったが、ものすごい出血をしているのが自分でも分かった。
「くそ! どうして……一体何が……」そしてコンスタンは意識を失った。
◇◇◇
「なんだい!? 今の魔力は!!」
すさまじい殺気の籠った魔力を感知し、サリー婆はコンスタンに良からぬ事が起こった事を悟った。
とにかく気配のした所へ向かって林の中を慎重に移動し、そしてそこで事切れているコンスタンを発見した。
「!? いったい何が……こやつほどの手練れがこうもあっさりとやられるとは」
サリー婆は注意深く周囲の気配とマナの流れを追うが、もう近くには誰もいない様だ。しかし一人で迂闊に動いてこの刺客に遭遇したら、自分でも勝てるかは怪しいだろう。
「仕方ない。背に腹は代えられん……」
そう考え、サリー婆は持てる全魔力でイラストリアにSOSの魔導信号を送った。
やがてイラストリアが、複数の魔族の援軍と共にサリー婆の所に駆けつけ、コンスタンの有り様を見て愕然とした。
「そんな……サリーさん。一体何が?」イラストリアは動揺しながら尋ねる。
「わしにもサッパリじゃ。お前と落ち合おうと思ってこいつに案内してもらっていたんだが、何か人の気配がして、それを見てくると言って離れたのじゃが……」
「そうですか……ともかく、ここでじっとしていても危ないかも知れません。
いそぎデルリアルのアジトに参りましょう!」
「そうじゃな。だがマジックバリアを張り続けて、もう足腰が立たん。すまんが誰か背負って行ってくれないか?」
そして、サリー婆はイラストリア達に保護されながら、物言わぬコンスタンの亡骸と共に、デルリアルの魔族のアジトに運ばれた。
◇◇◇
「私はこの男に命を救われた事がある。もし魔族の仕業であればあまりにも申し訳ない。今、全力で調べておる」
そう言ってデルリアルもコンスタンの死を悲しんでいた。
「ですが一対一でこの人があっさりやられるなんて……相手はどれだけの手練れだったのでしょうか?」イラストリアが涙を流しながら小声でそう言った。
「いや、大した気配も殺気も感じなかった。だが結果はこうなった。
こやつに何か油断があったのか? そうとしか思えんのじゃ」
「ですが勇者チームの戦士が前線でそう簡単に油断など……」
沈痛な面持ちのまま、しばらく無言だったイラストリアが口を開いた。
「それでサリーさんはどのようなご用件で?」
「ああ……今の状況で言う話ではないんだが……エリカが自分は魔鏡に移って、身体をナナにすぐ返したいと言いだしてな。その相談に来たんじゃが……ああ、わしもあせらず、もっと気を付けておれば……こんな夜中に二人で行動する事などなかったのに!!」
「そうでしたか……それで、ナナちゃんの様子は今はどうなのですか?」
サリー婆は、現時点でナナが、冬眠を解除できない位まずい状態かも知れない事や、それに伴うエリカの考えをイラストリアに告げた。
「ああ、そうなのですか。ですがコンスタンの件が敵の襲撃かも知れない状況で、反魂の術の準備をするのも危ないのではないでしょうか?
それにその、エリカが言う魔族とエルフの停戦だって……可能なのですか?」
イラストリアの懸念ももっともだ。
「そうじゃな。ともかく、こちらの世界が安全でないと危なくて話を進められん。
タイガとも話をしてから、次の事を考えよう……」
サリー婆は、そう言ってゆっくり眼を閉じた。
◇◇◇
「くそっ! まったく手掛かりなしかよ。だが畜生、俺も油断しすぎだぜ!
魔王倒してからすっかり緊張感なくしちまって……挙句の果てはこのざまかよ!」
タイガが怒りのぶつけ所がなく自分を責めている。
エルフ国王都の一角で、タイガとイラストリア、サリー婆が顔を合わせて今後の事を協議している。コンスタンの事は、エルフ側も捜索をしているが何も犯人の手掛かりを得られておらず、またデルリアル側も魔族が犯人である確たる証拠を掴めないでいた。
「ですがサリーさん。もし犯人が勇者一行を狙っているとすると、あっちにいるフューリアも危なくはないですか?
エリカと一緒とはいえ、あいつも今はマナが使えないんでしょう?」
「そうじゃな。わしもなるべく早く戻ってやれねば。
それでどうする? やつの希望に関しては、かなえてやれそうなのか?」
「あまりゆっくりデルリアルと話は出来ていないんですが、エリカの指示なら最終的に反対はしないかと思います。ただ、反魂の術には膨大なマナが必要ですので、やるならこちらの世界にエリカとナナちゃんを連れて来るしかありません。
ですがこちらのマナの濃さに、仮に深層にいたとしてもナナちゃんが耐えられるのか……あちらの世界で地脈がちょっと太かっただけで耐えられなかったのでしょう?
それと、エリカの希望である魔族とエルフの停戦も、私個人としては何とかしてあげたいのですが……」
「俺がエルフ国王に掛け合ってみようか?」タイガが言う。
「いや、お前でもいいが、やはりわしから言うの良いじゃろう」
サリー婆の言葉に、イラストリアが疑問を投げかける。
「あの……前から気にはなっていたのですが、サリーさんって一体……まあ、なんとなくエルフ王国の古老なんだろうなーとは思っているんですが」
「そうじゃな。事を成就するためにはお前達の協力も必須じゃ。
すべて説明しておいたほうが良いじゃろう」
そう言ってサリー婆は、自分の身の上話を始めた。
「わしは……今のエルフ国王の祖母じゃ! 一時は女王をやっておった。
しかし有る時、国策の進め方で息子と揉めてな。
腹が立ったので隠居して、あちらの世界に籠ったのじゃ」
「はー。やっぱりそんな感じなのかと思っていましたが、まさか先々代の国王様とは……」
イラストリアが感心しきりに言う。
「なんだよ。だったら本当に俺より話早いじゃん。サッサと魔族とエルフを和睦させて、平和裏に事をすすめようじゃねえか」タイガがそう言った。
「まあ、事はそんなに簡単じゃないと思うんじゃ。
なにせ千年以上の遺恨が双方にあるからね。
だが……そうじゃな。お前たちには話しておいた方がよいじゃろうな」
サリー婆の言葉に、タイガとイラストリアが訝しげに問う。
「何を?」
「息子と揉めた国策の話じゃよ」
馬車が山の麓の空き地で停車し、降りて来たサリー婆が呆れた様につぶやく。
「いやいや、サリーさん。こっからが大変なんだよ。
なんたってこっから山道二十キロほど歩くから」
「なんじゃとーー!?」
こともなげに言うコンスタンに、サリー婆がブツブツ文句を言っている。
「仕方ないじゃん。魔族の連中の秘密基地なんだから。まあいざとなったら、婆さん一人位なら俺が背負ってやるから、とりあえず頑張ってみてくれよ」
「まったく……この苦労賃はエリカにツケておくよ」
サリー婆とコンスタンが山道を登っていると、途中で完全に陽が暮れた。
「思ったより遅くなっちまったな。でも婆さん相手にせかすわけにもいかねえしな。
まあ安心しな。俺は夜目が効くし、婆さんもエルフだからそんなに歩くには困んねえだろ?」コンスタンの言葉にサリー婆も同意した。
「ああ、さっさと行って休もうかい」
二人で真っ暗な山道をとぼとぼ歩いていた時だった。
「なんだ? 敵か?」コンスタンが何かの気配を察知した。
「いや、どうやら一人の様だね。もしかしてデルリアルのアジトのもんかも知らん」
「わかった。俺が様子を見てくる。婆さんはここを動くな」
そう言ってコンスタンが気配を追って藪に入って行った。
◇◇◇
謎の気配を追い、婆さんと離れて森の中へ百mほど分け入ったコンスタンは、全神経を研ぎ澄ませて周囲を伺う。わずかだが魔力を感じる。相手は魔族に違いない。
しかし殺気は感じられない。やはりデルリアルの手の者なのだろうか?
カサッ
わずかだが、脇の茂みが揺らいだ。
「誰だ! 出てこい!」
コンスタンが促すと一人茂みから顔を出したが、それはコンスタンが良く知る人物だった。
「あーん? 何だよ。お前かよ。何でまたお前がこんな所に?」
そう言ってコンスタンが警戒を解いたその瞬間だった。
いきなり空中に大きな鎌形の光の刃物が現れ、コンスタンの首に斬りかかった。
「えっ!?」
そしてそれを躱す事も受ける事も出来ず、コンスタンはまともに食らった。
さすがに首と胴がおさらばはしなかったが、ものすごい出血をしているのが自分でも分かった。
「くそ! どうして……一体何が……」そしてコンスタンは意識を失った。
◇◇◇
「なんだい!? 今の魔力は!!」
すさまじい殺気の籠った魔力を感知し、サリー婆はコンスタンに良からぬ事が起こった事を悟った。
とにかく気配のした所へ向かって林の中を慎重に移動し、そしてそこで事切れているコンスタンを発見した。
「!? いったい何が……こやつほどの手練れがこうもあっさりとやられるとは」
サリー婆は注意深く周囲の気配とマナの流れを追うが、もう近くには誰もいない様だ。しかし一人で迂闊に動いてこの刺客に遭遇したら、自分でも勝てるかは怪しいだろう。
「仕方ない。背に腹は代えられん……」
そう考え、サリー婆は持てる全魔力でイラストリアにSOSの魔導信号を送った。
やがてイラストリアが、複数の魔族の援軍と共にサリー婆の所に駆けつけ、コンスタンの有り様を見て愕然とした。
「そんな……サリーさん。一体何が?」イラストリアは動揺しながら尋ねる。
「わしにもサッパリじゃ。お前と落ち合おうと思ってこいつに案内してもらっていたんだが、何か人の気配がして、それを見てくると言って離れたのじゃが……」
「そうですか……ともかく、ここでじっとしていても危ないかも知れません。
いそぎデルリアルのアジトに参りましょう!」
「そうじゃな。だがマジックバリアを張り続けて、もう足腰が立たん。すまんが誰か背負って行ってくれないか?」
そして、サリー婆はイラストリア達に保護されながら、物言わぬコンスタンの亡骸と共に、デルリアルの魔族のアジトに運ばれた。
◇◇◇
「私はこの男に命を救われた事がある。もし魔族の仕業であればあまりにも申し訳ない。今、全力で調べておる」
そう言ってデルリアルもコンスタンの死を悲しんでいた。
「ですが一対一でこの人があっさりやられるなんて……相手はどれだけの手練れだったのでしょうか?」イラストリアが涙を流しながら小声でそう言った。
「いや、大した気配も殺気も感じなかった。だが結果はこうなった。
こやつに何か油断があったのか? そうとしか思えんのじゃ」
「ですが勇者チームの戦士が前線でそう簡単に油断など……」
沈痛な面持ちのまま、しばらく無言だったイラストリアが口を開いた。
「それでサリーさんはどのようなご用件で?」
「ああ……今の状況で言う話ではないんだが……エリカが自分は魔鏡に移って、身体をナナにすぐ返したいと言いだしてな。その相談に来たんじゃが……ああ、わしもあせらず、もっと気を付けておれば……こんな夜中に二人で行動する事などなかったのに!!」
「そうでしたか……それで、ナナちゃんの様子は今はどうなのですか?」
サリー婆は、現時点でナナが、冬眠を解除できない位まずい状態かも知れない事や、それに伴うエリカの考えをイラストリアに告げた。
「ああ、そうなのですか。ですがコンスタンの件が敵の襲撃かも知れない状況で、反魂の術の準備をするのも危ないのではないでしょうか?
それにその、エリカが言う魔族とエルフの停戦だって……可能なのですか?」
イラストリアの懸念ももっともだ。
「そうじゃな。ともかく、こちらの世界が安全でないと危なくて話を進められん。
タイガとも話をしてから、次の事を考えよう……」
サリー婆は、そう言ってゆっくり眼を閉じた。
◇◇◇
「くそっ! まったく手掛かりなしかよ。だが畜生、俺も油断しすぎだぜ!
魔王倒してからすっかり緊張感なくしちまって……挙句の果てはこのざまかよ!」
タイガが怒りのぶつけ所がなく自分を責めている。
エルフ国王都の一角で、タイガとイラストリア、サリー婆が顔を合わせて今後の事を協議している。コンスタンの事は、エルフ側も捜索をしているが何も犯人の手掛かりを得られておらず、またデルリアル側も魔族が犯人である確たる証拠を掴めないでいた。
「ですがサリーさん。もし犯人が勇者一行を狙っているとすると、あっちにいるフューリアも危なくはないですか?
エリカと一緒とはいえ、あいつも今はマナが使えないんでしょう?」
「そうじゃな。わしもなるべく早く戻ってやれねば。
それでどうする? やつの希望に関しては、かなえてやれそうなのか?」
「あまりゆっくりデルリアルと話は出来ていないんですが、エリカの指示なら最終的に反対はしないかと思います。ただ、反魂の術には膨大なマナが必要ですので、やるならこちらの世界にエリカとナナちゃんを連れて来るしかありません。
ですがこちらのマナの濃さに、仮に深層にいたとしてもナナちゃんが耐えられるのか……あちらの世界で地脈がちょっと太かっただけで耐えられなかったのでしょう?
それと、エリカの希望である魔族とエルフの停戦も、私個人としては何とかしてあげたいのですが……」
「俺がエルフ国王に掛け合ってみようか?」タイガが言う。
「いや、お前でもいいが、やはりわしから言うの良いじゃろう」
サリー婆の言葉に、イラストリアが疑問を投げかける。
「あの……前から気にはなっていたのですが、サリーさんって一体……まあ、なんとなくエルフ王国の古老なんだろうなーとは思っているんですが」
「そうじゃな。事を成就するためにはお前達の協力も必須じゃ。
すべて説明しておいたほうが良いじゃろう」
そう言ってサリー婆は、自分の身の上話を始めた。
「わしは……今のエルフ国王の祖母じゃ! 一時は女王をやっておった。
しかし有る時、国策の進め方で息子と揉めてな。
腹が立ったので隠居して、あちらの世界に籠ったのじゃ」
「はー。やっぱりそんな感じなのかと思っていましたが、まさか先々代の国王様とは……」
イラストリアが感心しきりに言う。
「なんだよ。だったら本当に俺より話早いじゃん。サッサと魔族とエルフを和睦させて、平和裏に事をすすめようじゃねえか」タイガがそう言った。
「まあ、事はそんなに簡単じゃないと思うんじゃ。
なにせ千年以上の遺恨が双方にあるからね。
だが……そうじゃな。お前たちには話しておいた方がよいじゃろうな」
サリー婆の言葉に、タイガとイラストリアが訝しげに問う。
「何を?」
「息子と揉めた国策の話じゃよ」